エボラ治療薬「レムデシビル」は、新型コロナウイルスの“特効薬”になりうるか新型コロナウイルス最新情報

エボラ治療薬「レムデシビル」は、新型コロナウイルスの“特効薬”になりうるか

新型コロナウイルス感染症の治療薬として有望視されているエボラ出血熱の治療薬「レムデシビル」。米国では症状の重い入院患者に投与する緊急使用が許可され、日本でも同様の動きが加速している。この期待の薬剤の効果は、いかに臨床試験において実証されていったのか。

新型コロナウイルス(正式名称は「SARS-CoV-2」)が、中国の国外に広がり始めた1月下旬から2月上旬のことだ。ネブラスカ州オマハにあるネブラスカ大学医療センターで働く感染症専門医のアンドレ・カリルは、オフィスで米国立衛生研究所(NIH)の研究者と電話や電子メールのやり取りをする時間が増えていった。

この呼吸器系に致命的な影響を及ぼすウイルスに対して効果のある治療法やワクチンは、まだ存在していなかった。このためNIHは、最も有望な治療薬候補の臨床試験を開始することを熱望していた。

最初の候補は、米国に本社がある製薬会社ギリアド・サイエンシズが開発したエボラ出血熱の治療薬「レムデシビル」だった。NIHは、その臨床試験をカリルが指揮することを望んでいた。

NIHがカリルを選んだ理由は2つあった。ひとつは、カリルが2014〜15年に西アフリカで発生したエボラ出血熱のアウトブレイク(集団感染)の際にエボラ出血熱治療の珍しい臨床試験に取り組み、公衆衛生危機の最中に実験薬を評価する新しいモデルを作成したことである。ふたつ目は、世界で最も感染力の高い致命的な感染症の患者のために指定された全米10カ所の治療センターのうち、最大のネブラスカ大学医療センターの生物学的封じ込め施設にカリルがアクセスできたことだった。

米国では当時、新型コロナウイルス感染症「COVID-19」の患者はほんのひと握りしかいなかったが、遅かれ早かれ患者数は増加し、患者はおそらくオマハに送られることになるとカリルは理解していた。「ここはアウトブレイク中に他国から米国民の患者を受け入れられる国内で数少ない治療センターのひとつなので、単に時間の問題だろうと考えていました」と、カリルは『WIRED』US版のインタヴューで語っている。

そしてカリルの予想通り、2月17日に13人の米国人が到着した。時差ぼけ状態で疲労困憊し、新型コロナウイルス感染症に感染しているか感染の疑いがあった人々だ。この13人は不運な大型クルーズ船「ダイヤモンド・プリンセス」の船上で2週間以上の隔離生活を送ったあと、政府がチャーターした貨物機で日本からの10時間の飛行を耐え忍んで避難してきたばかりだった。

わずか1週間後、クルーズ船患者の3人が、米国で初めて新型コロナウイルス感染症に対する実験的な治療を評価する米国政府主導の臨床試験に最初の参加者として登録した。3人は10日間、1日2時間、透明な液体を静脈内に注入された。この液体はレムデシビルまたは生理食塩水のプラセボ(偽薬)で、参加者はどちらが投与されるか知らなかったし、担当医師も知らなかった。レムデシビルは新型コロナウイルスの遺伝構成単位になりすますことで、ウイルスの複製を妨害することが期待されていた。

ネブラスカ大学医療センターの研究者は、各患者の反応を示す測定値を注意深く収集した。新型コロナウイルス感染症は広まり続け、最終的には米国の68を超える病院および欧州とアジア21か国の病院の1,000人を超える新型コロナウイルス感染症患者から収集された同様のデータに、それらの情報が追加されることになった。

臨床試験で見えたレムデシビルの効果

そしてこのほどNIHは、注目されているこの研究の結果を初めて一部公表した。4月29日の発表によると、臨床試験を実施しているNIHの米国立アレルギー・感染症研究所(NIAID)は、これまでのデータからレムデシビルが一部の新型コロナウイルス感染症患者の回復を加速していることを見出した。具体的には、「回復までの期間の中央値はプラセボを投与された患者は15日、レムデシビルを投与された患者では11日だった」という。

大きな差ではないが、新型コロナウイルス感染患者の回復を改善することが示された初の治療法として、象徴的な発見かもしれない。4月30日の時点で世界で320万人の感染者が確認されている。そのうち米国人の感染者は100万人以上、報告されている死者数は60,000人を超えている。

ただし、患者の病状の程度、潜在的な副作用など、NIAIDがまだ発表していない患者に関する詳細データなしで、この結果を評価することは難しい。4月29日午後(米国時間)にホワイトハウスで実施された記者会見で調査結果を明らかにしたNIAID所長のアンソニー・ファウチによると、患者の詳細情報は数日以内に発表される見込みという。

「わたしたちがいま発表することにした理由は、この薬に効果があるという明確な証拠がある場合は、常にプラセボを投与されたグループにすぐに知らせて薬を使えるようにする倫理的な義務があるからです」と、ファウチは説明する。「31パーセントの改善は素晴らしい効果のように見えないかもしれません。しかし、薬がこのウイルスをブロックできることが証明されたことから、これは非常に重要な概念実証(PoC)なのです」

NIHが実施した研究の意味

レムデシビルが新型コロナウイルス感染症に対して有効かもしれないという証拠が最初に浮上したのは、2月上旬のことだった。中国で発表されたある報告書で、新型コロナウイルスが霊長類の細胞に感染することをレムデシビルが防ぐと示されたのである。

中国と米国の医師は規制当局に人道的使用(コンパッショネート・ユース)で未承認の治療法を利用できるよう請願したあと、患者に治療薬候補のレムデシビルを投与し始めた。その後、レムデシビルの正式な臨床試験が始まった。この数週間、臨床試験に関連するときには矛盾するまぎらわしい断片的な情報が、少しずつ発表されてきた。

中国での人道的使用に関するある報告書では、レムデシビルを投与された大多数の患者の症状が改善されたことが示されている。中国で実施された別の臨床試験では、その概要が4月下旬に誤って外部に流出し、レムデシビルには測定可能な利益はないという反対の結果が示された。

しかし、後者の臨床試験は早期に中止され、統計的有意性を証明するうえで十分な参加者は集められなかった。ギリアド・サイエンシズの研究者は独自の臨床試験を実施し、レムデシビルを5日間服用した患者と10日間服用した患者を比較したが、この臨床試験では比較となる対照群がなかった。同社は4月29日朝(米国時間)に結果を発表し、2つの服用方法で同様の結果が示されている。

これに対してNIHが実施した研究は最大かつ最も厳格にコントロールされており、したがって最も大きな期待が寄せられていた。「レムデシビルの有効性について何も明らかになっていない研究結果がすでにたくさん出ています。このため、適切に実施された大規模臨床試験から得られたNIAIDのデータは非常に重要です」と、ボストン大学国立新興感染症研究所特別病原体ユニットの医療ディレクターで感染症専門医のナヒード・バデリアは言う。バデリアは新型コロナウイルス感染症のレムデシビル臨床試験には、一切関与していない。

バデリアは、新型コロナウイルスに対して効果のある最初の薬剤の発見は、一大事だと言う。しかし、NIAIDのファウチが記者会見で説明した内容しかわからない状態で、レムデシビルがその最初の薬剤であるかどうかを明言することには慎重だった。この発表方法についてバデリアは、「いまは非常事態です」と言う。「通常のデータの発表方法とは完全に異なります」

科学者が望むのは、ホワイトハウスの記者会見で語られる統計値のハイライトではなく、データの表と補足数値を確認することである。

非常時の臨床試験ならではの課題

とはいえ、繰り返しになるが、いまは非常事態だ。従来、特定の疾患に対する薬物療法を臨床試験ための標準基準は、二重盲検法で実施される無作為化比較試験である。薬物が効果をもたらすのか、または患者が自力で回復したのかを知る唯一の方法は、治療法とプラセボとの直接比較になる。

研究者は薬が役に立たないことを確認した場合、最初からプロセスをやり直すことになる。そして新しい治療法を試すということは、新たな対照群で新しい試験を始めることを意味する。

問題は、倫理的な承認を得たり、薬の入手や同意する患者の登録に対処したりする必要があることから、臨床試験の設定には時間がかかること。そして最低限度の効果を明らかにするうえで十分なデータを得られるように、多数の被験者が登録する必要があることだ。臨床試験には数年かかることもある。

一方、アウトブレイクの間に緊急事態で医師が患者に未承認の薬を与えることで、臨床試験参加の適任者の数はますます減少してしまう。研究者が効果が出たものと効果が出なかったものを明確に示す十分なデータを得る前に、アウトブレイクが収束する可能性があるからだ。

動きだしたアダプティヴ・デザインによる臨床試験

その可能性が現実のものとなったのが、2014〜16年に西アフリカで11,000人以上が死亡したエボラ出血熱のアウトブレイクだった。NIAIDの研究者は「ZMapp」と呼ばれる新薬をテストし、利用可能になったときにほかの有望な薬剤をテストに追加する予定だった。

Zmappは、エボラ出血熱患者の死亡を防ぐように思われていた。ところが、NIAIDとリベリア、シエラレオネ、ギニアの保健省との共同研究だったこの臨床試験では、アウトブレイクが収束する前に十分な参加者を集められず、効果を確実に証明することはできなかった。

そして、研究者はほかの有望な薬剤の評価に至らなかった。「わたしたちがそこから学んだのは、アウトブレイクの最中に臨機応変に臨床試験を開始して実行することは可能ですが、はるかに迅速に実行する必要があったということです」とカリルは言う。

2018年にコンゴ民主共和国でエボラ出血熱が再び流行したとき、承認された治療法はまだなかった。当時、NIAIDが全体設計を支援した臨床試験では、プラセボをZMappに置き換え、レムデシビルと2種類のモノクローナル抗体カクテルを含むほかの3つの治療薬をZMappと比較試験した。この2種類の抗体治療薬がレムデシビルとZMappよりはるかに効果的であることが判明すると、患者を4つの治療グループに分けることはなくなり、2種類の抗体薬のどちらかを投与するだけになった。

単一の臨床試験に薬物を足したり引いたりする臨床試験の方式は、アダプティヴ・デザインと呼ばれている。より柔軟なアプローチによって、エピデミック(局地的な流行)の最中に薬物試験を実施するロジスティクス上および倫理上の難題が原因で明確な試験結果が不透明になるのを防ぐ。

「まだ比較的新しい手法ですが、アウトブレイクの最中に新しい治療法を見つけるための非常に役立つ効果的な方法です」と、カリルは説明する。カリルが現在指揮する新型コロナウイルス感染症に対する臨床試験も、アダプティヴ・デザインだ。そしてついに、米国で実際に実施されることになった。

ついにレムデシビルの提供開始へ

NIAIDの研究指導者たちは4月28日(米国時間)の夜、外部のモニタリング担当者からの報告で、最初の460人の患者の結果に基づいてレムデシビルが回復期間を短縮していることを知った。ここで臨床試験は終了ではなく、進化していくことになる。

ファウチによると臨床試験の参加者は、臨床試験の対照群プラセボに代わり、レムデシビルを新しい標準治療として利用することが期待できる。NIAIDは、臨床試験にほかの有望な薬を取り入れてレムデシビルに対してテストを始める。治療薬のトーナメント戦のようなものだ。全米が熱狂するマーチマッドネス(全米大学体育協会男子バスケットボールトーナメント)とは異なり、対戦に明確な終わりはない。

それでは臨床試験に登録していない新型コロナウイルス感染症患者は、いつレムデシビルが使えるようになるのか?

『ニューヨーク・タイムズ』の報道によると、米食品医薬品局(FDA)は早ければ今週にもレムデシビルの緊急使用許可を発表する予定でいるという。現在の公衆衛生危機の間は、ギリアド・サイエンシズによるレムデシビルの販売が許可されることになるだろう[編註:FDAは5月1日(米国時間)にレムデシビルの緊急時の使用許可(EUA)を出した]。

ギリアド・サイエンシズは3月下旬、レムデシビルの人道的使用での提供を中止し、既存の薬物備蓄を進行中の複数の臨床試験に寄付した。同社のウェブサイトの声明によると、ギリアドは現在、14万人の患者を治療するだけの十分な量のレムデシビルを所有している。そして年末までに、100万人分のレムデシビルを生産する予定だ。

これまでのところ、薬の販売価格についてはまったく触れられていない。『WIRED』US版は何度もギリアド・サイエンシズの代表者にインタヴューを申し込んだが、返答は得られていない。

ひとつの特効薬では収束しない

ギリアド・サイエンシズの臨床試験の結果によると、同社は現在のレムデシビルの供給量を2倍に拡張できるはずだ。しかし、世界中で治療薬が強く求められており、毎日60,000〜80,000人の新しい感染者が確認されているなか、誰がレムデシビルを利用でき、誰がレムデシビルを利用できないかについては難しい決断が待ち受けている。

このため、NIAIDのようなアダプティヴ・デザインの臨床試験や、複数の効果的な医薬品やワクチンを早期に使えるようにすることを目的としたその他の大規模で革新的な実験が、いまとても重要になる。ひとつの特効薬で世界的なパンデミックを収束させることはできないのだ。

引用元 : WIRED エボラ治療薬「レムデシビル」は、新型コロナウイルスの“特効薬”になりうるか
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