レムデシビルの「三日承認」で感じたこと新型コロナウイルス最新情報

レムデシビルの「三日承認」で感じたこと

新型コロナウイルス感染症(COVID-19)が世界中で猛威を振るっている。米Johns Hopkins大学のデータによると、2020年5⽉11⽇時点で、全世界で感染が確認されている患者数は410万⼈超、死者は28万⼈を超えた。新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)による影響は、医療崩壊に留まらず、世界経済にまで及んでいる。感染拡大のピークを越えた国や地域もあるようだが、第2波、第3波の感染拡大が訪れるとの見方もあり、人類とCOVID-19との闘いは長期戦となりそうだ。

ただ、COVID-19の克服に向けた希望の光は確実に見えてきている。2020年5月7日、厚生労働省は薬事・食品衛生審議会医薬品第二部会をweb会議形式で開催し、米Gilead Sciences社が、COVID-19に対して開発している抗ウイルス薬「ベクルリー点滴静注液100mg」、「同点滴静注用100mg」(一般名レムデシビル)の特例承認を了承。厚労省は同日付で、同薬を正式に特例承認した。米食品医薬品局(FDA)がレムデシビルについて緊急使用許可(EUA)を出していることなどを受け、医薬品医療機器等法(以下、薬機法)に規定されている特例承認の仕組みを利用した。COVID-19に対する治療薬が日本で初めて承認された。ただし、重症患者を対象に投与することが原則とされており、当面の間、対象患者は気管挿管されていたり、体外式膜型人工肺(ECMO)を使用していたりする入院患者などに限られるとみられる。

レムデシビルは、Gilead社がもともとエボラ出血熱を対象に開発を進めていた低分子化合物だ。細胞内で代謝された後、ウイルスのRNAポリメラーゼを阻害することで、SARS-CoV-2の増殖を抑制すると考えられている。試験管内(in vitro)の実験でウイルスの活性を抑えることが分かっており、有望な治療薬候補として複数の臨床試験が進められてきた。

中でも米国立衛生研究所(NIH)傘下の、米国立アレルギー・感染症研究所(NIAID)が主導するランダム化二重盲検プラセボ対照試験(米国の臨床試験データベースの登録番号:NCT04280705)や、Gilead社がCOVID-19の重症入院患者を対象にした臨床試験(NCT04292899)では、4月末に暫定的な解析結果が公表された(現在も試験は継続中)。これらの臨床試験の結果が、レムデシビルのCOVID-19に対する有効性を支持する結果であったことなどから、FDAは、5月1日にレムデシビルのEUAを出した。臨床試験の暫定的な結果については、以下の記事を参照されたい。

そもそも特例承認とは、薬機法の第14条の3第1項に定められている仕組みだ。(1)国民の生命や健康に重大な影響を与えるおそれがある疾病による健康被害の拡大を防止するために必要な医薬品であり、当該医薬品以外に適当な方法が無い、(2)医薬品の製造販売承認に係る制度が、日本と同等水準にある外国において販売や授与などが認められている医薬品──という条件を満たし、政令で定めるものについて、厚生労働大臣が薬事・食品衛生審議会の意見を聞いた上で承認できる。

上記の政令とは、「薬機法第14条の3第1項の医薬品等を定める政令」のことで、医薬品の製造販売承認に係る制度が日本と同等水準にある国や、対象となる品目などの詳細が規定されている。政府はレムデシビルの特例承認に先立って5月2日に同政令を改正した。というのも改正前の政令ではレムデシビルを特例承認するのは不可能だったからだ。改正前の政令で、承認制度が日本と同水準の国として規定されていたのは英国、カナダ、ドイツ、フランスの4か国のみ。また、対象品目は新型インフルエンザのワクチンに限られていた。政府は今回の改正で、「日本と同水準の国に米国を追加し、対象品目に新型コロナウイルス感染症に対する治療薬を追加することでレムデシビルの特例承認が可能となった」(厚生労働省医薬品審査管理課の担当者)。

その後、Gilead社の日本法人であるギリアド・サイエンシズは5月4日、厚生労働省にレムデシビルの承認申請を行った。承認申請から部会の審議に至るまでにかかった時間はわずか3日間で、過去に例を見ない異例の早さで承認された。

「仮免許」に基づいた治療薬に過度な期待は禁物では

ただし、忘れてはいけないことがある。レムデシビルの特例承認の根拠となったEUAは、FDAが緊急時に一定の条件を満たした未承認薬などに限って臨床での使用を認める制度であり、正式な承認ではない。実際の使用に際しては何らかの条件が課せられる「仮免許」にすぎない。今後、ギリアド・サイエンシズは、進行中の臨床試験の成績や、副作用に関する情報などを収集・報告する必要があり、有効性や安全性を証明するにはさらなるデータ解析が必要となる。

COVID-19に対する治療薬候補として期待されている他の医薬品として、「アビガン錠」(ファビピラビル)がある。アビガンは富士フイルム富山化学が開発した抗インフルエンザ薬だ。既存の抗インフルエンザ薬とは異なる作用機序であることや、催奇形性のリスクなどから、既存の抗インフルエンザ薬に耐性を示すインフルエンザのまん延を防ぐために、厚生労働大臣の要請が無い限り製造しないことなどの承認条件が課されている。レムデシビルと同様にRNAポリメラーゼを阻害することで効果を示すと期待されており、富士フイルム富山化学は3月末からCOVID-19を対象にした第3相臨床試験(企業治験)を進めている。富士フイルム富山化学の企業治験が終了するのは6月末の見通しだ。

ただ、安倍晋三首相はアビガンについて、「有効性が認められれば、5⽉中の薬事承認を⽬指したい」との意向を示しており、藤田医科大学を中心に複数の医療機関で実施されているアビガンの臨床研究のデータなどを承認審査に利用する可能性があると複数のメディアが報じている。富士フイルム富山化学は、「今はアビガンの企業治験に全力で取り組んでいる。現時点で、企業治験以外のデータを利用した承認申請は考えていない」と説明している。

もっとも前述した臨床研究は、プラセボ群を設けていなかったり、盲検化されていなかったりと、試験デザインには限界がある。そのため、政府がかなりの特例を出して承認申請を認めたとしても、平時と比較して審査に利用されるデータの質が低い可能性がある。アビガンは過去の臨床試験でヒトに対する安全性がある程度確認されているものの、レムデシビルと同様に、承認に際しては一定の条件が付けられることになるだろう。ともすれば、COVID-19の患者なら誰でも服用できるようになるには、しばらく時間がかかるかもしれない。

COVID-19に関するニュースが連日報道される中で、多くの人々が「レムデシビル」、「アビガン」といった、普段は聞きなれないはずの医薬品の名前を当たり前のように口にするようになった。それだけ国民の治療薬に対する期待も高まっているということだろう。ただ、医薬品の名前と一緒に広まるべきことがたくさんあるはずだ。例えば、医薬品やワクチンには必ず副作用があること。万人に確実に有効性を示す医薬品などは(残念ながら)存在しないこと。加えて、緊急の措置として条件付きで承認された医薬品などを過信するあまり、COVID-19に対する警戒を解いてはならないということだ。

レムデシビルの特例承認によって、人類は1つの正式な治療手段を手に入れた。これは紛れもない事実であり、新型コロナウイルスの克服に向けて一歩前進したのは間違いない。ただ、COVID-19との闘いに勝利するには、治療薬やワクチンだけでなく、感染を広げないための個々人の危機意識が何よりも重要ではないだろうか。今回のレムデシビルの特例承認が、長期間の自粛生活でストレスを抱えた人々の警戒を緩める引き金にならないよう願うばかりである。

引用元 : 日経メディカル レムデシビルの「三日承認」で感じたこと
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