BCG仮説、議論の前に理解しておきたい自然免疫
BCGと新型コロナ、分かっていることいないこと
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BCG仮説、議論の前に理解しておきたい自然免疫
BCGと新型コロナ、分かっていることいないこと(前編)

新型コロナウイルス感染症(COVID-19)では、日本をはじめとしたアジア諸国における死亡率の低さが注目されている。その理由としては様々な仮説が提唱されているが、そのうちの一つに挙げられているのが、BCG接種の影響だ。そもそも、BCGは生体にどのような影響を及ぼすのか、免疫学の大家である大阪大学の宮坂昌之氏に、BCGとCOVID-19はどうつながり得るのか、免疫学の最前線の知見を基に解説してもらった。

──BCG接種とCOVID-19の死亡率について国ごとに比較した論文を発表されています。

宮坂 BCG接種、特に日本株、ロシア株を接種している国では、COVID-19の死亡率が低いというデータです。これらの国ではそれ以外の国と比較して、発症率も低いのですが、最も大きな差があるのは重症化率です。2桁ほど低くなっています。

ただし、注意していただきたいのは、これは、BCG接種、特に、日本株やロシア株の接種と、COVID-19の重症化抑制に何らかの相関関係があることを示すだけで、BCG接種にCOVID-19の死亡率を下げる効果がある、すなわち因果関係があることを示すデータではありません。

個人的にはBCG接種によりCOVID-19のリスクを下げる効果があるとは考えています。しかし、今あるのは間接的なもので十分なエビデンスではありません。また現在、オランダや豪州などで、医療従事者を対象にBCGを接種する臨床試験が進められています。その結果を見れば、BCGによる効果が確認できるだろうといわれていますが、それは間違いです。COVID-19が流行している国であってもその感染率は1000人当たり10人以下と低く、そのような低い感染率では今行われている規模の臨床試験では統計的な有意差は出ないと考えられるからです。

──では、どうやったらBCGの効果を証明できるのでしょうか。また、BCGに重症化を抑える効果があるとして、それはどのようなメカニズムで生じているとお考えですか。

宮坂 特に重症化率が低い国で接種されている日本株、ロシア株と、それ以外の国で接種されているデンマーク株、パスツール株を比較すると、前者では、ワクチンに含まれる菌の数が多く、炎症性サイトカインの誘導量も多いです。菌の中に何か良いものが含まれ、接種する際の菌数が多ければ、生物学的効果も強くなるでしょう。さらに、ワクチンに含まれる細胞膜の糖脂質成分も異なり、前者では自然免疫の活性化に関わる成分が多くなっています。

ただし、BCG非接種国である豪州やフィンランドでも重症化率は低くなっています。ということは、BCG接種だけがCOVID-19の重症化を下げるのではないと考えられます。COVID-19には重症化に関連するリスク因子が幾つか知られていますが、BCG接種は重症化リスクを下げる一つの因子かもしれないというのが私の考えです。

BCGがリスク低減因子の1つになり得るとして、そのメカニズムを説明する前に、まず免疫機構について解説しましょう。現在、新型コロナに対する議論で、幾つか誤解があるので、その点も説明します。

免疫機構は、自然免疫機構と獲得免疫機構の二段構えになっています。自然免疫は生まれたときから持っているもので、皮膚や粘膜にある物理・化学的バリアーと、食作用を有する細胞や、殺菌物質による細胞性バリアーがあります。一方、獲得免疫は自然免疫を突破した病原体に対するもので、リンパ球が主体となり、司令塔であるヘルパーTリンパ球が活性化されると、Bリンパ球は抗体を産生するようになり、キラーTリンパ球を活性化して感染細胞を殺します。

自然免疫は数分単位と早い反応ですが、獲得免疫が動くのには数日かかるので、初回の感染には獲得免疫は間に合わないことが多いでしょう。ただし、獲得免疫は記憶され、2度目にはすぐに反応して病原体を排除します。

免疫機構は、このような二段構えなので、抗体を作らずとも自然免疫によりウイルスを撃退できます。これが常に存在するからだの抵抗力です。ところが、自然免疫の役割に関する一般の認知度が低く、今のCOVID-19対策の議論の中でも自然免疫の存在が無視されているように思います。

集団免疫の考え方も見直し必要

自然免疫の存在が無視されていると感じるものの1つに、集団免疫についての議論があります。集団の何割に抗体ができたら感染症を抑え込めるなどと盛んに言われていいますが、それはからだの抵抗力が全て抗体によるという古い考え方に基づいたものです。

集団免疫の考え方にはさらに改めるべき点が2つあります。1つは、社会を形成する個体は均一という前提に立っている点です。毎年のようにかぜをひく人もいれば、ほとんどかぜをひかない人がいるように、免疫学的に個人差がありますね。

もう1点、抗体ができれば、それは長期に持続することを前提にしていないでしょうか。抗体が作られるようになっても、早く消える場合があります。すなわち獲得免疫には有効期限があることがあり、これは病原体によって大きく異なります。例えば、インフルエンザワクチンの有効期限(予防効果が維持される期間)は3カ月程度であることは皆さんよくご存じですね。一方、おたふくかぜ、麻疹、破傷風などのワクチンは30年程度維持されます。

このように病原体の種類により、獲得免疫がどれほど続くかは差が大きいはずなのに、今の議論は後者のイメージに引きずられていますね。個人的な見解ですが、新型コロナでは免疫付与は半年程度なのではないかと考えています。獲得免疫が半年程度しか維持されなければ集団免疫の成立は期待できません。

抗体についても誤解がある

抗体についても誤解があります。ウイルスに対する抗体は全てウイルスを撃退するために有効と信じていませんか。実は、COVID-19が重症化した患者では、抗体価が上がっています。本来、抗体がウイルスを撃退するのであれば、重症化した人では抗体価が低く、軽症例で抗体価が高くなっているべきですよね。しかし、COVID-19ではその逆の現象が起きています。

なぜか? 抗体には様々な機能を持つものが存在するのです。私はこれを「善玉抗体」「役なし抗体」「悪玉抗体」と呼んでいます。

善玉抗体というのは、ウイルスの中和抗体を指します。これが増えればウイルスを撃退できます。コロナウイルスは、ウイルス受容体となるACE2にスパイク(S)蛋白が結合して、細胞の中に入りますが、そのS蛋白とACE2の結合を阻害する抗体が中和抗体です。

しかし、同じS蛋白への抗体であっても、S蛋白の首の部分に結合する抗体はACE2との結合を阻害できず、中和作用を発揮しないため役に立ちません。そのような抗体は役なし抗体となります。悪玉抗体というのは、ウイルスには結合するものの、その後にウイルス・抗体複合体が食細胞に取り込まれることとなり、その結果、食細胞の中でウイルスが増え、感染を促進してしまうものです。

実際、ネコにコロナウイルスワクチンを接種した後にウイルスを感染させると、ワクチン接種群でかえって重症化することが明らかになっています。その理由は抗体の中に悪玉抗体が増えているためで、これは抗体依存性感染増強(ADE)と呼ばれる現象です。抗体が増えても重症化が防げないわけです。

病原体によって、この3種類の抗体の誘導のされ方に差がありますし、さらに、この3種類のでき方には個人差があります。悪玉抗体や役なし抗体を作りやすい人は治りにくいわけです。

善玉抗体、役なし抗体、悪玉抗体の何か増えているかは、ウイルスを培養細胞にかけて感染試験をしなければ分かりません。それはバイオセイフティーレベルの高い試験であり、この試験ができる研究施設は限られるのが現状です。

そろそろ、BCGの話に戻りましょう。

BCG仮説、議論の前に理解しておきたい自然免疫
BCGと新型コロナ、分かっていることいないこと(後編)

新型コロナウイルス感染症(COVID-19)では、日本をはじめとしたアジア諸国における死亡率の低さが注目され、その理由の一つにBCG接種の影響が指摘されている(関連記事:BCGと新型コロナ、分かっていることいないこと[前編])。今後、どのようなことが明らかになれば、BCG仮説を証明できるのか、またその知見は新たなワクチン開発にどう影響し得るのか、免疫学の大家である大阪大学の宮坂昌之氏に解説してもらった。

──インタビューの前編では、免疫機構には自然免疫と獲得免疫があるが、自然免疫が無視されることが多く、そのことも影響し、集団免疫の考え方に誤りがあること、また、抗体には、「善玉抗体」「役なし抗体」「悪玉抗体」があることを解説いただきました。後編では、COVID-19の重症化予防にBCGが効いているとすれば、どのようなメカニズムが考えられるのかなどお伺いします。

宮坂 もしも、BCGが効いているとすると、まず自然免疫を増強するという点で効果がある可能性があります。

COVID-19については、面白い報告があります。免疫学で有名な米国イエール大学の岩崎明子氏らが、ウイルスへの曝露量が多いと自然免疫で最初に立ち上がるインターフェロン(IFN)の分泌が抑制されることを指摘しています。

この新型コロナウイルスの場合、ウイルスの曝露量が少ないとインターフェロンが早期に作られてウイルスは排除されるが、曝露量が多いとインターフェロンの産生が遅れ、そのためにウイルスが持続的に炎症を起こし、重症化の原因になるというものです。重症急性呼吸器症候群(SARS)や中東呼吸器症候群(MERS)でも同じようなことが指摘されています。

なぜ、インターフェロンの産生を抑制するのか? そのメカニズムを解明できれば重症化を防げるでしょう。そして、BCGがこのインターフェロンの立ち上がりを促進していたら、面白いですよね。BCGには自然免疫を高める効果がありますし、trained immunity(訓練免疫)といって、その効果は骨髄幹細胞にエピジェネテックに記憶されることが近年明らかになっています。trained immunityは、抗ウイルス活性を高めますが、インターフェロンはそのうちの一つかもしれません。BCG接種群でインターフェロンが早期に立ち上がっていることを確認する必要がありますね。

また、自然免疫は獲得免疫を誘導する効果があるので、もしかしたらBCG接種により、新型コロナウイルスに対する善玉抗体の産生が促進されているかもしれません。

感染して治った患者をBCG接種歴がある群と、ない群に分けて、自然免疫系に差がないか、抗体の中でも、善玉抗体の比率が相対的に増えていないかと調べればBCGの因果関係が明らかになるでしょう。もしかしたら、ヘルパーT細胞やキラーT細胞の活性化に差がある可能性だってあります。これらのパラメーターを綿密に比較することで、BCGの効果が証明できる可能性があります。

イスラエルの研究デザインでは有意差は期待できない

──BCGは結核以外の感染症に対する予防効果もあるといわれていますが、その機序はたいへん複雑なんですね。とはいえ、その根底には自然免疫の賦活化があると。ただし、イスラエルから、BCGにCOVID-19の予防効果がないという報告がでています(関連記事:BCGのCOVID-19予防効果は見られず)。この論文はどう評価されていますか。

宮坂 イスラエルの論文では、30~40歳代の患者しか見ていません。この年代では発症者数には差がなかったということですが、この年齢層は一番重症化しにくいわけです。実際、非接種群、接種群ともに約3000人調べて、重症化したのはわずか1人ずつでした。

COVID-19で重症化しやすいのは圧倒的に60歳以上です。重症化した患者の95%以上は60歳以上、その8割以上がサイトカインストームを生じています。一方、若年、特に小児は重症化していません。私は、小児はBCGだけでなく、様々な種類の予防接種を受けており、そのことも重症化が抑制されることと関連しているのではないかと考えています。ワクチンの中には、多くの場合、免疫増強物質(アジュバント)が入っており、アジュバントは自然免疫を刺激します。つまり、多くのワクチンは、二段構えの免疫機構の両者を活性化させているのです。Aという病原体へのワクチン接種で、B病原体への抵抗性も上がるのです。

では、この効果がどれほど続くのか。個人的には十年くらいは続くかもしれないと考えています。他のワクチンがブースターとなっている可能性もある。trained immunityはエピジェネテックに記憶が残る可能性があると述べましたが、幹細胞レベルでこのようなことがあれば一定期間は自然免疫がアップした状態が続くかもしれません。

──では、重症化しやすい高齢者では何が起こっているのでしょうか。

宮坂 高齢者は、実際に様々な感染症に感染した経験がある熟練ですから、感染の経験値による自然免疫も獲得免疫も高まっているはずなのですが、残念なことに、免疫細胞が数的にも質的にも落ちています。胸腺は20歳を過ぎれば退縮しますし、骨髄の機能も40歳代後半からドーンと落ちます。経験値は積むものの、兵隊が減っていて、弱くなっている状態といえます。

実は兵隊の数だけではありません。免疫系には、病原体をやっつけるためのアクセルとして炎症性サイトカイン、その暴走を止めるブレーキとして制御性サイトカイン(TGFβ、IL-10)があります。若年では、このバランスが良く、暴走しにくいのですが、加齢とともに制御性サイトカインの働きが弱くなります。すなわちブレーキが弱くなるのです。そのため、免疫系が暴走しやすくなります。実際、サイトカインストームが生じるのは圧倒的に高齢者が多いわけです。もちろん若年でも生じることがありますが、それは、別の要因、免疫調整機能の弱さが影響しているはずです。

米国では、重症化しやすいのはヒスパニックと黒人で、次いで白人、アジア人は一番重症化率が低くなっています。これは、もちろん生活習慣の違い、生活習慣の違いから生じる基礎疾患や肥満率などの違いが影響していると考えられますが、遺伝的な違いも一因である可能性があります。

喫煙や糖尿病などの基礎疾患はなぜリスク因子に?

新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)の受容体となっているACE2の発現は、様々な因子の影響を受けて誘導されることが知られています。かぜや喫煙で増えますし、炎症でも誘導されます。

重症化のリスク因子としては、米国では、心疾患、糖尿病、肥満が、日本では動脈硬化も指摘されていますが、それらは全て、体の中に炎症がある状態で、ACE2の発現が上がっています。また、炎症があるということは、炎症性サイトカインも炎症細胞も活性化しており、SARS-CoV-2の感染でさらに炎症が広がりやすい下地ができているということになります。炎症性サイトカインは血液を介して広がり、それぞれの場所で免疫細胞を活性化させるので、ある臓器で生じたボヤが他の臓器に飛び火して、様々な臓器に炎症が広がり、最終的に多臓器不全が生じるわけです。

重症化した患者に対する治療では、このサイトカインストームを止める必要があります。IL-6の受容体阻害薬であるトシリズマブなどが重症例の治療薬として研究されていますが、サイトカインストームでは、IL-6だけでなく様々なサイトカインが作られているので、IL-6だけの抑制では完全ではないという課題があります。

サイトカインストームが生じた段階では、サイトカインの中和のみが最後の砦の治療法となりますが、サイトカインストームに至る前に食い止めたい。しかし、どのようにサイトカインストームに至るかは分かっていないのが現状です。

現在のワクチン開発への危惧

──話が少し戻りますが、抗体が誘導されても悪玉抗体であれば、かえって患者の状態が悪化してしまうということでしたが(インタビュー前編)、現在、開発が進められているワクチンにはそのようなリスクはないのでしょうか。

宮坂 まさにその点を心配しています。現在、中和抗体を誘導できたということばかりがいわれていますが、善玉抗体だけでなく、悪玉抗体も増えていれば、害を生じかねません。悪玉抗体や役なし抗体と比べて相対的にどうかが重要です。

ワクチン開発に関しては、より効率よく自然免疫を増強するものを探すという視点もあっていいように思います。インターフェロンは誘導するが、炎症性サイトカインはあまり強く誘導しないようなアジュバントが見つかれば、あまり強い副作用なしに初期のウイルス防御に効果を示すはずで、それなりの効果があるかもしれません。

──開発されれば、まさにマルチワクチンになり得ますね。

宮坂 もしくは、既存のワクチンに少しずつ添加するというアイデアもあるでしょう。

COVID-19は一筋縄ではいかない感染症です。今回の話は、理論的にはつながるので面白いのですが、「風が吹けば桶屋が儲かる」的なことも多いです。とはいえ、これから一つずつ証明していければ、興味深い成果が得られるはずです。

引用元 : 日経メディカル BCG仮説、議論の前に理解しておきたい自然免疫 BCGと新型コロナ、分かっていることいないこと(前編)
引用元 : 日経メディカル BCG仮説、議論の前に理解しておきたい自然免疫 BCGと新型コロナ、分かっていることいないこと(後編)
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