「アビガンが効くかはまだ分からない」と書けない悲劇
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「アビガンが効くかはまだ分からない」と書けない悲劇

「『アビガン』ってコロナに効けへんらしいやん?」

70歳を超えるうちの母親からもそんな言葉が出るほど、アビガン(一般名ファビピラビル)は「正露丸」や「宇津救命丸」を凌駕する(?)くらいの超有名な薬になっているわけですが、先日の報道を見た一般の方々のほとんどは恐らく、同じような感想を抱いたことでしょう。

2020年7月10日、藤田医科大学がアビガンに関する臨床研究の結果をオンライン記者会見で公表しました。その結果はご存じの通り、アビガンを投与した群としていない群を比較したところ、各評価項目についていずれも「有意差なし」という結果でした。

今回、この有意差なしという結果をメディアがどう「翻訳」したかというと、

「アビガン、有効性示されず」
「アビガン効果『確認できず』」
「『アビガン』明確な有効性みられず」

などと、見事なまでに「されず」「できず」「みられず」の否定表現でした。これなら皆が「ああ、ダメだったんだね」と思うのも無理はありません。そう思わせたい意図さえ読み取れます。でもこれだとフェアじゃないというか、ちょっとミスリードですよね。別に富士フイルムの肩を持つわけではありませんが。

確かに、アビガンについては臨床試験の結果が出る前から安倍晋三首相が「5月末に承認する」などと発言し、その半端ない前のめり感から「富士フイルムは安倍首相と仲良しだから、これは癒着じゃないか」などと邪推され、メディアで反アビガン的な報道姿勢が出てきました。それが尾を引いているのかもしれませんが、それはそれ、これはこれです。

研究結果を冷静に見てみると
臨床研究の細かい内容と結果は藤田医科大学のリリースにありますが、軽症または無症状の新型コロナウイルス感染者について、アビガンを5日間投与した群(36人)と、5日間投与しなかった群(33人)が比較されています。

結果を抜粋すると以下のようになっています(なお「遅延投与群」とは、6日目にアウトカムが確定してから遅れてアビガンを服用している人たちですので、実質的に投与した群としていない群を比較していることになります)。

主要評価項目:「累積ウイルス消失率」は、通常投与群で66.7%、遅延投与群で56.1%、調整後ハザード比は1.42(95%信頼区間[CI]:0.76-2.62、P=0.269)。

副次評価項目:「ウイルス量対数値50%減少割合」は通常投与群で94.4%、遅延投与群で78.8%、調整後オッズ比は4.75(95%CI:0.88-25.76、P=0.071)。

探索的評価項目:「37.5℃未満への解熱までの平均時間」は通常投与群で2.1日、遅延投与群で3.2日、調整後ハザード比は1.88(95%CI:0.81-4.35、P=0.141)。

「解熱までの時間が1日短くなる? それってどこのタミフルよ」と感じたドクターもたくさんおられるのではないでしょうか。タミフルは解熱までの時間が1日早まることが証明されて承認の栄誉を勝ち取ったわけですが、どうしてタミフルが良くてアビガンはダメなんでしょう?

「そりゃ、有意差が無かったからだよ」というのは1つの正しい回答ですが、じゃあ有意差が無いなら効果が無いのかというと、そうではないですよね。ここです、自分が言いたいのは。効果が無いと誤解しかねないような見出し表現は、この段階では避けるべきだったということです。

この結果からは、3つの評価項目のいずれも有効性を示唆するような傾向が見て取れます。もちろんバイチャンスかもしれませんが、研究責任医師で同大学感染症科教授の土井洋平氏は「症例数が200程度あれば有意差が出た水準だった」と説明しました。ちなみにレムデシビルは1000人規模の治験でハザード比1.31(P<0.001)の数値を出し、特例承認されています。

大規模な第3相臨床試験で証明できなかったならともかく、限られた症例数(n=69)で実施した臨床研究で有意差が得られなかったことに対しては、もう少し書きようがあると思うんですよね。自分は以下のように見出しを付けました。

・アビガン臨床研究で結果、有意差無しも「有効な可能性」(日経バイオテク[7/10])

最初に紹介した幾つかの見出しと比べて、受け止め方ががらりと変わってくると思います。これはこれで偏りがあるかもしれません。ただ、自分は記者会見で土井教授に「この結果をドクターとしてどう判断するのか」と質問し、「アビガンは有効である可能性がある」との回答を得たのでそれを尊重しました。

「有意差」という言葉は伝わりにくい?

新聞やテレビなど他のメディアの記者も、本当はきちんと書きたかったのかもしれません。思うに、デスクから「有意差? そんな言葉使えるわけないだろ」「成功しなかったんだろ? 失敗じゃないか」「もっと伝わりやすく書け」などと言われて、こうなったんじゃないでしょうか。

自分も一時期、日本経済新聞社で記事を書きましたが、そのニュースに付いた見出しに慌てた経験が何度かあります。新聞の場合、しばしば見出しを変えられたり、勝手に付けられていることがあるのです。「えっ、この見出しで全国に配られるの?」 自分、小心者なんで、そういうのに人一倍プレッシャーを感じるタチでして、胃が痛くなりました。

そんな人間が記者なんかしているのが間違いだろうとツッコミが入りそうですが、もしかして他のメディアでも自分と同じような記者がいて、本当は「アビガンが効くかどうかは、まだ分からない」と書きたかったのにできなかったのであれば、相当な悲劇だろうと思います。こういうことが毎度のように続くと、胃粘膜は焼け野原でしょう。そして今回のような人の生死に関わるような話題で誤解が広まれば、助かったはずの命が助からないといった本当の悲劇も起こり得ます。くれぐれも気を付けたいですね。

なお、富士フイルムは日本でアビガンの企業治験を実施していますが、患者登録が思ったほど進まず、当初6月末としていた終了時期が伸びています。「非重篤な肺炎を合併したCOVID-19の患者」を対象に行われているため、藤田医大の臨床研究と同じような無症状や軽症の感染者に対する答えが出るわけではありませんが、次はこの結果を待つ必要があるでしょう。また海外では第3相に相当するアビガンの臨床試験が複数進行中で、これから行われるものもあります。効くか効かないかの論争に決着が付くのはもう少し先のようです。

最後に、今回の臨床研究で疑問に思ったことを藤田医科大学の土井教授に改めてメールで質問してみました。丁寧に回答してくださったので、ここに公開します。プラセボ群を設定しなかったのはなぜか(富士フイルムは治験でプラセボ群を設定しています)、報道のされ方をどう感じたか、特定臨床研究の枠組みによる弊害はなかったか。併せてお読みください。

──プラセボ群を設定しなかったのはなぜですか。

土井教授 理由としては、感染の急拡大が予測されていた局面で大急ぎで研究をスタートする必要があったこと、COVID-19の患者を多く受けている市中病院の薬剤部で盲検の管理ができるとは限らなかったこと、そして最終的に全員が薬剤を投与されるデザインの方が被検者のリクルートが行いやすいこと、などがあります。もちろん、プラセボ群を設定する臨床試験のエビデンスレベルが最も高いとされていますので、その試験を取り巻く状況、実現可能性や経済性などを総合的に勘案して判断する性質のものと考えます。

──結果の解釈にはプラセボ効果も排除できないという理解でよいですか。

土井教授 一般論としてはその通りです。ただ、測定項目には客観的なものと主観的なものがあります。今回はウイルス量、体温など、客観性が期待できる項目を重要視しています。逆に倦怠感、呼吸困難といった項目はプラセボ効果がより出やすい可能性があります。

──アビガンは藤田医大で軽症・無症状の患者にどのように使われていますか。また、今回の研究結果を踏まえてその方針は変わりましたか。

土井教授 これは個別の患者さんの病状や治療方針に対するご希望に合わせながら対応していくものですので、一律の基準はありません。研究を行っている間は、無症状や軽症の方には研究への参加を打診し、辞退された方は投与せずに自然軽快を見守ったことが多かったです。逆に重症の方には概ね、観察研究ベースの適応外使用で投与していました。今回の研究で確定的な結果が出なかったことを踏まえると、この大まかな方針は現時点では変わらないと思います。

──臨床研究の結果に関する報道のされ方をどう思いましたか。

土井教授 今回の結果に対しては、アビガンの内服が発熱やウイルス量などの指標に対し、ある程度の有効性がある可能性を示唆しているものの、偶然の結果であったことが否定できない、というのがバランスの取れた解釈です。有効性示せず、といった報道だと、見出しだけを見た視聴者や読者の方にはそこまで理解されなかった可能性があります。一方、報道の本文では本研究の実際のところを的確に伝えていたものも多かったと思いました。

──特定臨床研究の手続きを踏んで実施したことによる試験への影響はありましたか。

土井教授 特定臨床研究の仕組みは多施設研究の手続きを簡素化することを目指して作られていますが、それでも必要な手続きが幾つもあり、医療施設が参加を希望してから実際に患者さんに参加していただけるまでには早くても2週間、多くはそれよりも長い時間が掛かりました。今回のような急性疾患では、例えば一部の必要事項の事後承認などを認めてもらえれば、より迅速に研究を行うことができるようになるかもしれません。

引用元 : 日経メディカル 「アビガンが効くかはまだ分からない」と書けない悲劇
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