中国のホテルで14日間の隔離生活を体験した
COVID-19状況下での一家4人「渡中」の記録
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中国のホテルで14日間の隔離生活を体験した
COVID-19状況下での一家4人「渡中」の記録

著者プロフィール

友成 暁子
ParkwayHealth消化器内科
2007年千葉大学卒業。亀田総合病院で卒後臨床研修後、同院消化器内科、手稲渓仁会病院消化器内科を経て現職。臨床の傍ら、医学書・医学論文の執筆、製薬会社関連の医学系翻訳なども手がける。幼少期を英国統治下の香港、米国メリーランド州で過ごした。勤務地・居住地の上海で出産も経験し、現在は2児の母。インターナショナルホスピタルの手術センター長である医師の夫と共に、育児、仕事、すぐに壊れる家電に対して日々奮闘中。

上海の友成暁子です。COVID-19の影響をもろに受けたため、投稿の間隔が空いてしまいました。この原稿を書いている今、私と私の家族(夫、5歳の長男、2歳の次男)は福建省の福州市という地方都市のホテルで隔離生活を送っています。どのような経緯でここに至ったのか、隔離の様子はどうなのか、写真を多めに添えてご報告したいと思います。

上海へ戻る予定を延期して様子を見ていたが…

私たち家族は、今年1月の春節休みから日本の実家に帰省していました。COVID-19が出現する前の昨年11月末から計画されていたことでした。しかし、1月中旬の搭乗予定日前後からCOVID-19の問題が浮上。当時はまだ、ここまでの状況になるとは思っていませんでしたが、帰省してから1月末にかけて事態は深刻になり、2月3日から始まるはずだった長男の幼稚園が開園しないという連絡が来たり、上海のスーパーマーケットから商品がなくなっているという情報が友人から入ったりと、上海へ戻ることが得策ではなくなっていきました。武漢からチャーター便で日本に救出される人がいたり、日本人駐在員に帰国指示が出されたりしている中、その流れに逆行するのは避けるべきだと判断し、1月末に上海へ戻るはずだった予定を延期することにしました。

この判断をした1月末の時点で、上海市ではすべての発熱患者が「特定病院」へ行くように指示されていました。私が勤務する病院では、来院患者全員に対して玄関口で検温し、体温37.5℃以上であれば特定病院へ送っていました。耳鼻科、眼科、歯科はリスクが高いため、完全閉鎖されました。耳鼻咽喉、呼吸器、そして私の専門である消化器関連の内視鏡もリスクが高いため、禁止となりました。待機的手術もすべて中止にするように指示されました。

私が勤務する病院グループでは、上海市内に6つある分院のうち4つが閉鎖となりました。もともと春節の時季は外国人のほとんどが自国へ帰っており、来院患者数が通常時の半分以下になりますが、今年ばかりは開院していた2病院でも1日当たりの来院数が1桁になるほど減ったようです。私も夫も出勤したところで仕事がないため、比較的快く病院側から休暇延長の了承を得られました。勤務しなければ給料が発生しないため、病院側としてはホッとしていたくらいかもしれません。

2月、3月と過ぎていく間、私たちは上海へ戻るタイミングを探っていました(機会があれば、このときのことも書きたいと思います)。今後COVID-19により世界がどうなっていくのか、上海で生活を送ることはできるのか、仕事は継続できるのか、いっそ日本へ引き揚げるべきなのだろうか…。毎日悩みましたが、医師免許を含めて荷物のほとんどを上海に置いてきているため、日本に本帰国するにも一度は上海に戻らなければなりません。そして何より、日本にいる私たちを頼ってくれる現地の患者さんからの連絡をたくさんもらい、彼らをサポートするために上海へ戻りたいという思いは日増しに強くなっていきました。

中国政府の方針変更にあわてて飛行機を手配

私たちが本気で上海へ戻ることを検討し始めた3月後半時点で、上海市では市が指定した「高リスク国」からの入国者全員に14日間の隔離が義務付けられていました。空港にて咽頭のスワブでPCR検査を行い、その結果が出るまでは「特定の場所」で待機します。「特定の場所」は住んでいる区により異なり、改装した体育館で待たされる区もあれば、私たちの区のようにホテルの部屋を提供してくれるところもあります。PCRが陰性であれば自宅待機、陽性であれば病院直行です。

当初、上海市が指定した「高リスク国」は24か国あり、そこに日本も含まれていたため、上海へ戻るのであれば14日間の隔離を覚悟しなければなりませんでした。しかし、3月22日になって、翌23日より日本を「高リスク国」から外すことが発表されました。これはチャンスです。空港でのPCR検査はされるものの、陰性となれば隔離はなく即自由の身なのですから。

世界規模で見ると、日本でのCOVID-19陽性患者数はトップ24には入っていませんでしたが、日々患者数が増えていることは肌で感じていました。世界中に散らばっている友人たちから“Japan is said to be underreporting the number of patients.Is that true?”というようなメッセージをたくさん受け取り、世界から日本へ向けられている視線についても意識するようになりました。このままでは「高リスク国」のリストに再び日本が載ってしまうのは時間の問題だと思い、飛行機のチケットを予約し、上海へ戻る準備を始めました。

ところが数日後、中国政府は海外からの飛行機の乗り入れを大幅に制限することを発表。その翌日、「高リスク国」であるかどうかにかかわらず、すべての入国者に対して14日間、政府指定のホテルでの隔離を義務付ける方針が発表され、「即自由の身」という選択肢はなくなりました。そして、さらに数日後には外国人の入国を一切受け入れないようにするとの方針が打ち出され、猶予があるうちに上海へ戻ることを決断せざるを得ませんでした。

急な展開であったため上海への直行便が確保できず、福州市長楽空港経由便の最後の4枚を購入し、成田空港から出発しました。成田空港のチェックインカウンターでは航空会社のグラウンドスタッフによる検温を受け、中国に入国後は福州市で14日間隔離されることを告げられました。「上海までは行かせてもらえ、そこで隔離生活ができるかもしれない」という一縷の望みは打ち砕かれ、一度も行ったことがない福州市という地方都市での隔離生活に不安を覚えながらチェックインを終えました。

機内へ搭乗する直前には、再度の検温がありました。中国政府の要請で中国行きの便は満席にしてはならないとされていたため、機内はガラガラでした。4列シートのうち、中央部2席が空けられていました。機内での飲食は包装されているパンやナッツ、そしてペットボトルの水かパックジュースのみ。排泄は使い捨ての手袋をはめてするように言われ、1人が使うたびに乗務員がトイレを消毒していました。

福州市に到着すると、個人防護具(PPE)を着た福州市衛生局の職員が機内に乗り込んできました。彼らは客室全体を一通り確認してから、「マスクをしっかりと装着して絶対に外さないように」(2歳児には至難の技です)「約10人ずつのグループになって空港内へ進むように」と指示してきました。

空港内に入ると、あらかじめ機内で渡されていた健康状態報告書を提出して検温を受け、赤外線体温モニターをくぐり、それから医師に問診された後(「過去14日間で咳や発熱はありませんでしたか?」「現在の体調はどうですか?」「職業は何ですか?」など)、再度検温を受けました。問診の際には「PCR検査は任意であり自らの意思で受けます」という書類と、「問診内容に虚偽はありません」という書類にサインを求められました。度胸のある夫が医師に「任意だというPCR検査を拒否したらどうなりますか?」と質問したところ、「入国できませんね」とあっさり言われていました。問診や検温をすべてクリアして書類にサインをした者は、最後に咽頭スワブを採取され、やっと入国許可を出されました。

家族が二分され、しばらくのお別れ…

隔離場所となるホテルへはバスで向かいます。飛行機が満席ではなかったのでツアーバス5台ほどで、それぞれ座席の半分ほどが埋まっている状態でした。そうして1時間半ほど離れたホテルへ移動。2人ずつ入館するよう指示され、PPEを装着したスタッフにより問診・検温された後、滞在費を支払いました。私たちのホテルは14日間3000元(約4万6000円)で三食付きでしたが、上海では5600元(約8万6000円)で食事なしというところもあったようです。ちなみに、滞在するホテルを選ぶことはできず、当たり外れが激しいという話を聞いていたのですが、私たちのホテルはまあまあの様子でホッとしました。

いったん部屋に入ったら、そこから14日間は廊下にも出られません。夫と長男は廊下を挟んで別の部屋です。長男をギュッと抱っこして、しばしのお別れ…。こうして飛行機が着陸してからホテルの部屋に入るまで、7時間ほどが過ぎていました。

最初はどうなることかと思っていましたが、ある程度は覚悟と準備をしてきたため、想像していたよりもあっさりと日々が過ぎていきます。食事は三食とも弁当が運ばれてきます。スタッフと直に接することがないように、各部屋の前に椅子が出してあり、そこに弁当が置かれます。当たり前のように中華です。とても美味しいというほどではありませんが、問題なく食べられます。ごみは毎朝決まった時間に回収があるので、それまでに部屋の前に出しておきます。毎日午前と午後の2回、廊下は徹底的に消毒されます。

隔離された人の経過観察としては、朝と夕方、PPEを装着した医師または看護師が2人1組で検温のために部屋を訪れます。また、規定の時間に水銀体温計で検温しておくように指示されているので、その結果も見せます。水銀体温計なんて久しぶりに使いました。

中国はデリバリーシステムがかなり発達しており、ほぼ何でも注文して持ってきてもらうことが可能ですが、上海ではデリバリーをさせてくれないホテルがほとんどのようです。しかし、ここのホテルはデリバリーを1日3回、指定の時間帯であれば受け取り可能にしてくれています。ロビーまで配達され、そこから部屋まではホテルのスタッフが持ってきてくれます。先日は粘土、折り紙、風船をデリバリーし、一昨日は爪切りと洗濯用の洗剤をデリバリーし、中華に飽きてきた昨日はサラダをデリバリーしました。

上海のホテルで隔離された人の中には、エアコンが使用禁止で寒い思いをしていたり、食事がひどくて食べられなかったり、タオルや水が提供されなかったり、空港からホテルの部屋に入るまで30時間かかったりというケースもあると聞いていたため、私たちは地方都市での隔離でよかった側面もあります。ただ、ここでの隔離者は約9割が中国人であるため、英語がほぼ通じない点は上海とは異なります。おかげで中国語が上達したような気がします。

隔離期間はまだ残っていますし、福州市から上海市へ移動するまでにも一山ありそうです。上海に戻って落ち着いたら、私の勤務先であるインターナショナルクリニックや街中の様子をご報告したいと思います。

引用元 : 日経メディカル 中国のホテルで14日間の隔離生活を体験した
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