「COVID-19は空気感染する」とWHOが初めて言及した背景は?(Part.2)
「空気感染」を誤解していませんか?
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「COVID-19は空気感染する」とWHOが初めて言及した背景は?(Part.2)
「空気感染」を誤解していませんか?

2020年7月6日、豪州、欧米、中国、日本などの研究者有志が、「It is Time to Address Airborne Transmission of COVID-19」と題した声明をClinical Infectious Disease誌に発表。COVID-19のairborne transmission(空気媒介伝播)による感染(ここではこれを空気感染とする)に対応すべきと訴えた。具体的には、「公共施設やオフィススペース、学校、病院や老健施設などで十分で効果的な換気が行えるように設備を整えるべき」というものだ。この声明に対し、世界保健機関(WHO)は7月7日の定例会見で「換気の悪い環境でのairborne transmissionの可能性」について言及。これまでCOVID-19の感染様式は接触感染と飛沫感染としていたWHOも空気感染について初めて言及した形だ。この研究者有志による声明の背景などについて、有志の一人として加わった国立病院機構仙台医療センター臨床研究部ウイルスセンター長の西村秀一氏に話を聞いた。

従来の空気感染あるいはエアロゾル感染と非科学的造語「マイクロ飛沫感染」

──最近、「マイクロ飛沫感染」という言葉も出てきました。

西村 従来の飛沫の定義を念頭に置けば「COVID-19は飛沫感染である」というだけでは説明が付かないことは明白です。そのために「マイクロ飛沫感染」とかいう言葉が作り出されたようです。学問の場でのコンセンサスなしに突然主要メディアを通して出てきて、なし崩し的に使われようとしています。しかし、従来の空気感染あるいはエアロゾル感染のかわりに、「マイクロ飛沫による感染」と言いかえているだけで、概念的に新しくも何ともない。これを言い出した人たちにお聞きしたい。「マイクロ飛沫感染」とはどのように定義されるものなのでしょうか。そこでの「飛沫」の定義は何であって、エアロゾルとどう違うのでしょうか。マイクロ飛沫感染はエアロゾルによる空気感染とどう違うのでしょうか。なお、ご存じのようにエアロゾルの定義は「気体とその気体中に浮遊する固体もしくは液体の粒子」です(Wiliam C. Hinds Aerosol Technology, Properties, behavior, and measurement of airborne particles. 2nd Ed. A Wiley-Interscience Publication, New York,1999)。

──とすると、airborneという言葉はどう受け止めればいいとお考えですか。

西村 その前に、冒頭で紹介した声明が発表された後、仲間内で議論になりました。メールでのやりとりでしたが、面白いし大事な議論なので紹介します。

実はあの声明の中にもmicrodropletsという言葉が使われていて、「microdropletsによるairborne infection」という言葉の使い方をしています。microdropletsはそのまま訳すならばマイクロ飛沫となるかもしれませんが、声明の説明に即して訳すと「顕微鏡観察レベルの飛沫」といった感じになります。

私は、署名当初はとにかく結束して空気感染を認知させることが第一と、その表現には目をつむりましたが、声明がジャーナルにacceptされた後、主要著者メンバーに「microdropletという言葉は誤解が多いのでやめないか」と提案しました。「我々には昔からdroplet(飛沫)とdroplet nuclei(飛沫核)という言葉があり、dropletのうち空中浮遊するものならびにこれまでの理解通り空中浮遊するdroplet nuclei がウイルスをairborneでtransmitさせると言えばいいのではないか」と考えたからです。

これに対し、「dropletは径5μm以上の粒子で1~2m以内に落下するものという、実生活空間ではほぼ意味のない定義を信じて疑わない人たちが混乱する。その上、飛沫が乾いてできるdroplet nuclei(飛沫核)だけが空気感染を起こすと誤解している人たちも多いが、皆が知っている通り、それ以上の径でも空気感染を起こさないわけではない。だから、空気感染の定義に粒子の径や感染までの時間や距離の要素を入れるべきではない」と述べた人がいました。

また別の人は「dropletとdroplet nucleiの区別も実際にははっきりしていないので、いっそdropletという言葉はやめて、エアロゾルのもともとの意味を尊重して空中に浮遊する粒子全てを含めたエアロゾルによる感染とすべき」と提案しました。そうしたら、「いっそのこと、落下する粒子と落下せず浮遊する粒子に分けたらどうか」という意見まで出てきました。「その落下の定義は、目で見えるものとしたらどうか」とまで言う人も現れ、それに対して、「目で見えるか見えないかは光の当たり方で簡単に変わるからだめ」とか……。

結局、メールのやり取りだけでは結論は出ずに、今は保留の状態になっています。しかし、ここで私が多くの人に知ってほしいのは、これまでの旧態依然とした5μmを境界とした落下するdropletとそれ以外のdroplet nucleiとに観念的に分け、後者のみが空気感染を担うという考え方は、もう現実に合わないことが分かってきたということです。

──感染対策を考える上で、粒子の大きさだけで議論しても仕方がないということでしょうか。空気感染の議論と広い意味での感染対策は、結局は感染様式の話に落ち着くようにも思えるのですが…

西村 感染様式とは何なのか。つまり、airborneは空気を媒介とした感染です。水を介した感染ならwaterborne、ロンドンのコレラの流行の原因を突き止めたジョン・スノウ医師の話で有名です。C型肝炎のように血液を介した感染であればbloodborne、食べ物を介するならばfoodborne、蚊やダニなどの昆虫を介してならばvectorborneというのと同列です。媒介物は何かを言っているだけです。インフルエンザ学者の多くはインフルエンザもairborneだと考えていますし、新型コロナウイルスも、よくよく検討したらairborneであったということだけです。

誤解されている「空気感染」

──空気感染と言えば、麻疹、水痘、結核が挙げられ、さらにそれ以外に空気感染するものはないという意見さえもあると聞きます。

西村 そうした漠然とした固定観念こそが、感染様式の理解を妨げています。本当にそうでしょうか。私は、(1)客観的に感染したことが分かりやすい、(2)伝播関係が見やすい、(3)症状がはっきりと分かるケースは免疫を持たない場合に起こる事象である──と、この3つがそろっていることが麻疹、水痘、結核で空気感染があることを分かりやすくしているだけなのだと思っています。一方で、多くのインフルエンザ研究者は、インフルエンザでも短い距離での空気感染はあると考えていますが、インフルエンザに詳しくない人はそれを良しとしません。先の3つの感染症と違って、ある程度皆が免疫を持っていることが多く、症状が顕在化しないケースも多いし、その季節になると患者が多いのでどこで感染したか特定が難しいからです。日常的にある感染症でありながら一般には典型的な条件がそろう頻度が少ないだけとも言えます。検証するのが難しいからといって、「空気感染はしない」とは言えません。インフルエンザでも空気感染と判断できる典型的な実例もありますし、環境中でのウイルスの検出や実験室での検証結果といった、空気感染を示すデータはそろっています。

──よく、「もし空気感染なら莫大な感染者が出るはずじゃないか」といった意見を耳にします。

西村 それはちがいます。大勢の人が感染するかしないかは、その病原体の感染様式によって影響を受けるのは確かですが、それ以外にも、感染者から排出される病原体の数と病原体が感染性を維持し続ける時間、広がる距離による拡散の程度によっても大きく影響されます。患者さんが出すウイルスは患者さんの状態によってたぶんまちまちであると考えられます。たとえばインフルエンザでも一回の咳でほとんどウイルスを出さない例が多く、大体は遺伝子量にして数十から数百コピーレベルです。ときに何万コピーも出す例があり(ただし生きているウイルスはその百分の1程度)、素直に考えれば、多分新型コロナでも同じようなことが起きていると思われます。その程度であれば、特殊な条件がそろわない限り、伝染が成立する相手の数や位置は限られて当然です。

少なくとも短い距離での空気感染は認めるべきだ

──麻疹などで言われているような、極端に長距離での感染事例の有無も問題になりますか。

西村 麻疹や水痘で言われている長距離の感染を厳密に証明したオリジナルの論文を、勉強不足で申し分かりませんが私は見たことはありませんので、だれか詳しい人に教えていただきたいです。ただ、私たちはそうした長距離については、可能性はあるものの、あるともないとも言っていません。しかし、強く主張したいのは、例えば、狭い室内などの短い距離あるいは少し広めの室内などの中距離の空気感染に関しては、証拠足りうる事例とデータがあり、そこは認めるべきだと主張したのでした。

何と言っても一番の問題は、まるで麻疹、水痘、結核が空気感染の定義であるかのように語られ、これ以外は空気感染ではないと考えられていることです。それは本末転倒です。むしろ、麻疹、水痘、結核の専門家の人たちの中には、「新型コロナは空気感染だ。なぜそう言わないのか」と言う人たちもいるくらいです。

問答無用で「インフルエンザや新型コロナが空気感染なはずはない」という人たちがいます。そういう人たちに逆に聞きたいのですが、では、いったい麻疹、水痘、結核で起きることのうち、何がインフルエンザや新型コロナでも起きれば空気感染であると認めてくれるのでしょうか。

目の前にあるウイルス感染症が空気媒介性ならば、ウイルスを含むエアロゾルがどれだけ放出されるか、どれだけ乾燥しやすい環境なのか、室温はどれくらいか、空調や換気で空気はどう流れているか、などによってどの程度感染が広がるのかが推測できるので、こうした知見に基づいて対策を考えていくべきです。

いずれにせよ、「3密を避けよう」とかソーシャルディスタンシングの働きかけも、すぐに落下する飛沫ではなく本来の定義のエアロゾルを介した感染を考えていて、それは取りも直さず、少なくとも短中距離での空気感染を想定しているわけで、結局は私たちの主張と矛盾していません。これに尽きます。

引用元 : 日経メディカル 「空気感染」を誤解していませんか?
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