「過去の風邪」記憶した免疫 死亡率の差、第3の仮説
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「過去の風邪」記憶した免疫 死亡率の差、第3の仮説

新型コロナウイルス感染症のパンデミック(世界的な大流行)が続いているが、いくつかの国では第1波は着実に収束に向かっている。それぞれの国での感染率や死亡率などが出そろったところで、日本や東南アジアでの死亡率が欧米や南米に比較して2桁少ないことが注目され、その背景としていくつかの可能性が示唆されて、検証が始まろうとしている。

その1つは、結核を予防するBCGワクチンの接種が何らかの役割を果たしているのではないかとの考えである。別の1つはウイルス特有のたんぱく質(抗原)の情報伝達に関与しているHLA(白血球の型)の違いによるのではないかという考えである。どちらもあり得る仮説ではあるが、個人的により高い可能性を持った別の仮説を紹介したい。

米科学誌セルに掲載された米ラホヤ免疫研究所の査読前の論文によれば、「新型コロナウイルス流行前の健康人の40~60%には、新型コロナウイルスの4つのたんぱく質を認識するT細胞(免疫細胞の1つ)の免疫記憶が成立していた。また、流行前の全てのヒトのT細胞に、いわゆる風邪の原因として知られる4種のコロナウイルスのうち、少なくとも3種に交差反応性(構造が似た別の抗原に反応する性質)が示された」と報告された。こうした事実は、重症急性呼吸器症候群(SARS)や中東呼吸器症候群(MERS)による感染症では注目されたことのなかった、コロナウイルスの仲間(属)を広く認識する「交差反応性メモリーT細胞」の存在を示唆する重要な発見であるように思える。

つまり、こういうことだ。我々人類は一生の間に何回も繰り返し風邪を引いて、たいていの場合は軽い症状で回復する。風邪の原因ウイルスとしては、4種の(季節性)コロナウイルスがあることが分かっており、これら4種のコロナウイルスに繰り返し感染することによって、ほとんど全てのヒトがコロナウイルス属に対する免疫を獲得している可能性が高い。そして、長期間にわたって繰り返し感染することによって、ヒトによっては風邪のコロナウイルスに共通の何らかの抗原を認識する「広域交差反応性メモリーT細胞」を獲得している可能性があるというわけだ。

この存在を前提に考えると、様々な現象を説明することができる。

その1つが、新型コロナウイルスの感染後にIgG抗体がIgM抗体と同時に出現するという現象だ。通常の免疫反応では、まずIgM抗体が出現し、その後にIgG抗体が出現するので、新型コロナウイルス感染症では何か異常な免疫応答が起こっているのではないかとの主張まで出ている。

もし「広域交差反応性メモリーT細胞」が存在していて、新型コロナウイルスへの感染によって過去に感染した風邪のコロナウイルスへの免疫記憶が呼び起こされて、IgG抗体がIgM抗体と同時に出現したと考えれば、ごく普通の抗体反応が起こっていることになる。老化や何らかの疾病によって免疫不全の状態になっているヒトでは、このような「広域交差反応性メモリーT細胞」が無くなったり、活性が低下しているために、肺炎の重症化が起こっている可能性が高い。

また、小児が新型コロナウイルスに感染しにくいという現象も同様だ。小児が感染しにくい理由として、小児の血管は動脈硬化などを起こしておらず健常であること、新型コロナウイルスの受容体(ヒトの細胞に侵入する際の入り口)である「ACE2」が少ないことが最近報告されている。

健常な血管や受容体の少なさに加えて、風邪を繰り返して引いてから間もない時期の小児や若年者では直ちに「広域交差反応性メモリーT細胞」が呼び起こされ、新型コロナウイルスを排除できるのかもしれない。

これが、流行国による感染拡大や死亡率の違いなどにどのように関わっているのか、興味深いところだ。それぞれの国や地域によって、過去に4種のうち、どのコロナウイルスが流行したか、また、現在も存在しているかなどによって、新型コロナウイルスを認識できる交差反応性T細胞の量や活性が異なる可能性もある。

場合によっては、日本や東南アジアでは、新型コロナウイルスも認識できる「広域交差反応性メモリーT細胞」をつくり出すような風邪のコロナウイルスの流行が過去にあって、欧米や南米では無かったのかもしれない。日本や東南アジア、欧米、南米の新型コロナウイルス感染者のリンパ球を採取して、4種のコロナウイルスに対する免疫反応を調べることによって、その可能性を検証できるだろう。

このようなヒトの交差反応性T細胞は、ネコやイヌなどペットのコロナウイルスによっても刺激を受け続けている可能性もある。自然界に存在する膨大な種類のコロナウイルスとの相互作用については、ほとんど分かっていない。

「広域交差反応性メモリーT細胞」をつくり出すコロナウイルスに共通の抗原を特定できれば、それを用いてあらゆるコロナウイルスに有効な理想的なワクチンが開発できると思われる。もしそのようなワクチンが実現すれば、将来より感染力の強い、あるいは致死性の高い新たなコロナウイルスが出現しても、人類は対処できるはずである。

(国立感染症研究所客員研究員、東京理科大学名誉教授 千葉丈)

引用元 : 日本経済新聞 「過去の風邪」記憶した免疫 死亡率の差、第3の仮説
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