【前編】スウェーデン式新型コロナ対策の「真実」
スウェーデン・カロリンスカ大学病院泌尿器外科 宮川 絢子
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【前編】スウェーデン式新型コロナ対策の「真実」
スウェーデン・カロリンスカ大学病院泌尿器外科 宮川 絢子

2020年7月21日時点でスウェーデン(人口約1,000万人)における新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の死亡者数は5,646人を超え、人口100万人当たりの死亡者数は約560人となった。この数字は日本の70倍以上に上り、世界でも5番目に高い。スウェーデンは他国に追従せず、「ロックダウン(都市封鎖)を行わない」という戦略を取ったこと、世界でもトップレベルの死亡者数を記録したことにより、COVID-19対策は失敗したと批判する論調がほとんどである。スウェーデン語の情報が誤って英文記事に転載され、それがそのまま和訳されて報道されるケースが多いため、「高福祉の国」として知られるスウェーデンは日本でも袋叩きに遭っている。日本語によるスウェーデンの記事の大半が誤った情報を掲載しているのを目にすると、なんとも複雑な思いになる。本稿では、スウェーデンの医療政策とそれを支える国民のコンセンサス(前編)、ロックダウンに踏み切らなかった理由と実態(後編)について論じる。

エビデンスが確立していない治療は行わない

 そもそも、スウェーデンがCOVID-19対策として集団免疫を目指した事実はない。にもかかわらず、「ロックダウンをせずに集団免疫の獲得を目指す独自路線」と誤って解釈されてきた。私が勤務するカロリンスカ大学病院は、スウェーデンで最も多くのCOVID-19患者や死亡者を出した首都ストックホルムにおいて、入院を要するCOVID-19患者の約40%を受け入れ、治療を行ってきた。私は外科医として勤務しているが、パンデミックのピーク時にはCOVID-19患者の治療も担当した。

まずは、スウェーデンのCOVID-19対策について述べる前に、簡単にスウェーデンの医療システムについて紹介する。医療施設のほとんどは公立であり、医療アクセスは日本と比べて極めて限られている。専門医を受診する場合は、原則として家庭医(かかりつけ医)の紹介状が必要となる。その一方で自国民はもとより、1年以上のビザを有する者、難民申請者など幅広く平等に医療が受けられる。

医療費の自己負担は必ず発生するが、1年間の支払い限度額が設定されている。外来診療は1,150クローネ(約1万3,000円)、外来処方薬は2,350クローネ(約2万8,000円)、計3,500クローネ(約4万円)が1年間の支払い限度額である。入院の場合は日額100クローネ(約1,200円)を自己負担する。最新医療を取り入れるスピードは早く、高額医療も所得などに関係なく平等に受けることができる。だが、エビデンスが確立していない治療は行わないという線引きも、厳格に決められている。

英国やスペインよりも少ない人口当たりの死亡者数は報道されず

今回のCOVID-19パンデミックにおいてスウェーデンは、集団免疫獲得ではなく、「長期間持続可能な方法で感染のピークを抑え、医療崩壊を来さないようにする」ことを主目的とした。そのため、持続可能が難しい完全なロックダウンという方法を取らずに、高リスク者(群)を守ると明言したわけである。

法律で禁止しているのは、「50人以上の集会」と「介護施設への訪問」のみである。また、高校・大学・成人学校(成人の再教育や移民の語学教育などを行う公的な学校)は閉鎖してオンラインによる遠隔授業となったが、保育園・小中学校は平常通り開園・開校している。その他、「社会的距離(social distancing)を取る」「少しでも症状があれば自宅療養する」「リモートワークを推進する」などの勧告により結果としては部分的ロックダウンの形になったが、他のヨーロッパ諸国と異なり、国が法律で個人の行動を規制することはなかった。

ロックダウンは国民に大きな犠牲を強いるものである。ロックダウンを行った国にとって、ロックダウンを行わないスウェーデンの政策が成功することは望ましくないのだろう。そのため、「スウェーデンは失敗した」という結論ありきの解釈がなされることが多い。例えば、他の北欧諸国と比べてスウェーデンの人口当たりの死亡者数が多いことが強調される場合が多いが、ロックダウンを行ったイギリスやスペイン、イタリアなどと比べると少ないことは、あまり伝えられていない。また、スウェーデンの国内総生産(GDP)がマイナスに転じたことだけを捉え、「ロックダウンは行わなかったが、経済は救えなかった」という結論が導き出されてしまう。全世界を巻き込む今回のCOVID-19パンデミックにおいて、ロックダウンを行わなかったぐらいで、貿易依存度が高いスウェーデンが無傷でいられるとは考えられない。

病院ごとの役割分担と自治体の枠を超えた協力体制を敷く

スウェーデンは、政府や中央省庁に対する国民の信頼が厚いことで知られている。今回のパンデミックにおいても、政府や省庁を信頼していると答えた国民は60〜70%で推移している。他国と異なり、パンデミックにおける主な政策の主導権は政府ではなく、公衆衛生庁(Folkhälsomyndigheten)、社会庁(Socialstyrelsen)、危機管理庁(Myndigheten för samhällsskydd och beredskap)など各省庁の専門家グループに委ねられている。毎日午後2時に各省庁の代表者が合同記者会見を開いて感染状況を提示し、今後のプランを述べることが最近まで行われていた。各種統計は、省庁の公式サイトにローデータを含めて開示されており、誰でも閲覧可能という徹底した情報の透明性が担保されている。

医療現場においては、世界保健機関(WHO)がCOVID-19のパンデミックを宣言する前から、感染者用病床、ことに集中治療室(ICU)や体外式膜型人工肺(ECMO)用の病床を増やすことに加え、ICUや救急外来における人員確保などの準備が進められていた。当院では、ICUの病床数はパンデミック以前に比べておよそ5倍の200床程度まで段階的に増床された。国全体でも2倍ほどに増床した。比較的軽症の患者は一般病棟で治療するが、それに伴い通常診療が大幅に縮小され、一般病棟が感染症の専門病棟として使われることになった。

スウェーデンでは大規模病院のほとんどが公立であり、大規模病院にCOVID-19治療が集約されるなど、病院ごとの役割分担が行われた。当初は、ポリメラーゼ連鎖反応(PCR)検査のキャパシティーが不足していたことや、3月上旬に感染者が急増したため感染ルートの追跡調査を諦めたことで、PCR検査は入院が必要な重症者に限定して行われた。入院の必要がない軽症者は、PCR検査を受けずに自宅療養となった。ストックホルム市内では4つの病院が診療に当たり、COVID-19の治療により対応が困難になった通常診療についてはその他の病院で患者を受け入れ、通常診療の「減速」を極力、抑制しようとした。

例えば、当院で手術を予定していた乳がん患者や悪性度の低い前立腺がん患者は、ストックホルム市内の私立病院が引き受けた。COVID-19患者の治療に当たる大規模病院間でも病床の確保状況により随時、救急の場合はどの病院に搬送するかなどの調整が行われた。このような調整は地方自治体の境界を超え国全体で行われ、ICU治療のために近隣の地方自治体からストックホルム市内の病院へCOVID-19患者が搬送されることも多かった。ピーク時には500人近いCOVID-19患者が当院に入院しており、ICU治療患者は150人を超えていた。これらの患者の診療に当たるために、急遽、医師や看護師の配置換えが行われ、これらのスタッフは給与支給額が220%に引き上げられた。

多くの国民が理解するICU入室時のトリアージ

増床したICU病床が満床になることはなく、現在まで医療崩壊は起こっていない。スウェーデンではCOVID-19重症患者のICU治療に際し、トリアージを行ったことが世界的に批判されることも多い。パンデミックに先立ち、ICU入室の適応についての指針が社会庁から配布された。指針では、80歳以上(生物学的年齢)の患者、70歳代で1つ以上の臓器障害を有する患者、60歳代で2つ以上の臓器障害を有する患者はICU治療の適応外とした。

しかしながら、ICU治療統計を振り返ると、80歳代でもICU治療を受けた患者は多数おり、適応の判断は個々の医療チームの判断に一任されていたともいえる。一方、指針が示す適応は、ICUが満床になったときのみに使われるとされたが、満床でない状況でもトリアージは行われた。実際、COVID-19以外の疾患の患者でICU治療が必要であったり、急増したICU治療患者に対応したりするために、急遽、配置換えされ教育を受けた医療スタッフが治療に当るケースもあった。そのためICU治療に不慣れなスタッフも多く、ICUを満床にすることは事実上、難しかったと考えられる。

もともと、スウェーデンのICU病床数は十分とはいえない。夏季休暇などでスタッフが足りない場合は、ICU入室に際しトリアージを行うケースは珍しくない。若年者であっても、6カ月未満などの予後不良であれば、ICU入室を断ることもある。限りある医療資源を有効に使うために、通常診療時から「救える命に医療資源を使う」方針が徹底されており、多くの国民がそれを受け入れている。その点で、日本とスウェーデンには大きな差がある。終末期医療に関しても、スウェーデンでは無駄な延命治療は行わないのが通常であり、国民のコンセンサスが得られている。治療の決定はエビデンスに基づいて行われ、効果がほとんど期待できない治療は、患者や家族の希望があったとしても行われることはない。治療を拒否する権利はあっても、治療が受けられないことを拒否する権利はないのである。こういう土壤があるからこそ、ICUのトリアージも多くの国民の理解が得られたのだと思う。

宮川 絢子(みやかわ あやこ)

スウェーデン・カロリンスカ大学病院泌尿器外科勤務。
1989年、慶應義塾大学医学部卒。同大学耳鼻咽喉科、麻酔科、泌尿器科で研修後、1996年に泌尿器専門医資格を取得。1996〜2003年、琉球大学に勤務。この間、カロリンスカ研究所および英・ケンブリッジ大学でポスドク。2007年にスウェーデンに移住し、翌年、スウェーデンの医師免許、2009年にはスウェーデンの泌尿器科専門医資格を取得。2008年から現職。

引用元 : Medical Triubne 【前編】スウェーデン式新型コロナ対策の「真実」
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