【後編】スウェーデン式新型コロナ対策の「真実」
スウェーデン・カロリンスカ大学病院泌尿器外科 宮川 絢子
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【後編】スウェーデン式新型コロナ対策の「真実」
スウェーデン・カロリンスカ大学病院泌尿器外科 宮川 絢子

今回の新型コロナウイルス感染症(COVID-19)パンデミックにおいて、スウェーデンが選択したのは「長期間持続可能で、医療崩壊を起こさない」という独自の戦略である。他国のようなロックダウン(都市封鎖)を行わない理由について、公衆衛生庁は「ロックダウンによる感染症対策上のエビデンスが確かではないから」と説明した。一方、スウェーデンは世界的に誤解されているが、「集団免疫獲得」を目指したことはないし、人命よりも経済を優先したと揶揄されもするが、決してそれがロックダウンを行わなかった理由ではない。スウェーデン・カロリンスカ大学病院に務める外科医の視点から、後編ではスウェーデンがロックダウンに踏み切らなかった理由と、COVID-19パンデミックにおける実態を紹介する(【前編】スウェーデン式新型コロナ対策の「真実」)。

なぜ、スウェーデンは独自の政策を取ったのか

COVID-19対策でスウェーデンがロックダウンという選択をしなかったのは、ロックダウンすることのメリット・デメリットを、専門家グループが総合的に勘案した上での判断であった。もちろん、副産物として、ロックダウンした場合と比べ、経済におけるマイナスの影響は抑えられるだろう。経済を止めることで今後、失われる命も多いはずで、経済の問題は命の問題であるともいえる。そして、実は他にもスウェーデンがロックダウンを行うことができなかった大きな理由がある。それは、憲法において、「国民の移動の自由」が守られており、国が国民の行動を規制することが許されていないからだ。また、専門家グループが属する省庁などの公共機関は政府の影響を受けず、独立性があることが憲法で規定されている。つまり、感染症対策を担当するのは公衆衛生庁であり、政治主導の感染症対策はできない。そして、今回のCOVID-19対策を指揮したのが、今や世界的に有名になった公衆衛生庁の疫学者Anders Tegnell氏であった。

COVID-19に対する日本の政策と比較すると、スウェーデンは保育園や小中学校が平常通り開園・開校していること以外に大きな違いはなく、軽症者の自宅待機やリモートワークの推奨といった点を考えれば、部分的ロックダウンといえる。保育園や小中学校の運営が平常通りなのは、新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)は子供に感染しても症状が比較的軽く、学校でクラスター(感染者集団)が発生したり、死亡したりするケースがほとんどないということ、それらに加えて子供が学校で学ぶ権利、特に家庭環境が良好でない子供たちにとって学校はセーフテイーネットでもあり、閉鎖するとさまざまな弊害が起こりうることに基づいている。このような子供に及ぶ影響を総合的に考慮し、学校を閉鎖しない方針を取った。

最近、学校を閉鎖しなかったスウェーデンと閉鎖したフィンランドの共同調査により、学校閉鎖は子供のSARS-CoV-2感染率に影響せず、むしろ閉鎖による悪影響とのバランスを考慮すべきとの結果が明らかになった(Covid-19 in schoolchildren - A comparison between Finland and Sweden、The Public Health Agency of Sweden 2020)。北欧諸国でも、デンマークとノルウエーの疫学者は学校の閉鎖に否定的であったにもかかわらず、政治主導で学校が閉鎖された。スウェーデンでは一部の移民を除き、通常、核家族で多世代家族は少ないため、子供が感染することで高齢者に感染させるリスクも少なく、その点で日本とは状況が異なるといえよう。しかしながら、さらなる感染の拡大があった場合に、直ちに学校閉鎖が可能となるよう、3月には国会で新法が成立した。学校閉鎖となった場合、学童保育に子供を預けることができる保護者の職業リストが作成された。学校閉鎖により、医療従事者の約10%に当たる4万3,000人が働くことができなくなると試算され、そうなれば医療現場を維持するのが難しい事態が予想された。

COVID-19死亡の9割が高齢者、そのうち8割は要介護者

スウェーデンのCOVID-19による人口当たりの死亡者率は、世界第5位と高い点は前編で述べた通りである。では、なぜ多くの犠牲者が出たのであろうか。死亡者に高齢者が占める割合は非常に高く、およそ90%が70歳以上である。70歳以上の死亡者のうち、50%が介護施設に居住していた。

スウェーデンで介護施設に入居する高齢者は、認知症などの他は、複数の疾患を抱えており、生命予後は比較的短い。もともと重症の高齢者が多数住む介護施設でクラスターが多発したことが、COVID-19の死亡者数を押し上げた原因である。また、介護施設以外で死亡した高齢者は、自宅で訪問介護士の助けを借りている、やはり基礎疾患がある高齢者である。

70歳以上の死亡者のうち要介護者、つまり介護施設に住むか自宅で訪問介護士の助けを借りている高齢者が占める割合は76%になる。基礎疾患がある高齢者は集中治療室(ICU)の入室基準を満たしておらず、また認知症などの高齢者はコンプライアンスが良好でないため、SARS-CoV-2に感染しても病院へ搬送されるケースは少なかった。介護施設で感染した高齢者の約10%が病院へ搬送されたが、残りは介護施設内で治療を受けるか、緩和治療の対象となった。これまでの集計では、介護施設における感染者のうち約30%が死亡している。

感染拡大の背景要因は介護システムと移民政策に

それでは、なぜ介護施設でクラスターが発生したのか。

1992年のエーデル改革によって、スウェーデンの介護部門は医療を統括する県から市町村へと移管された。それに伴い、介護施設における医療が手薄となっていった。多数の重度要介護高齢者がいるにもかかわらず、常駐医師は不在のことが通常であり、入居者当たりの看護師数も不足していた。また、民営化が進んだため、営利目的の介護施設が増え、設備投資や人的投資が減少した。低賃金の労働力が多く取り入れられ、パートタイマーの雇用率は30%以上を占めた。

パートタイマーや訪問介護士などの低賃金で働く人たちには移民が多いが、COVID-19パンデミック当初、①多くの移民が暮らす地域でクラスターが発生した②手当ての付く傷病休暇が取得できないパートタイマーが多少の症状があっても勤務を続けたーことが重なり、パートタイマーから介護施設の高齢者へ、訪問介護士から在宅の高齢者へと、SARS-CoV-2が伝播してしまった。また、医療を担当する県と介護を担当する市町村との連携が失敗し、感染対策情報などの医療情報が市町村に伝わらず、結果として介護施設は感染症に無防備な状態となっていた。

つまり、介護施設でクラスターが発生したのは感染症対策自体の失敗ではなく、スウェーデンの介護システムが抱える長年の問題点や移民政策の失敗など、スウェーデン社会が抱える脆弱性をCOVID-19パンデミックに突かれたためである。一方で、犠牲になった高齢者の多くの生命予後はもともと限られたものであり、パンデミックにより死亡が前倒しになったにすぎないとも考えられる。長期的に見れば、超過死亡は低下し、相殺されて行くとの予測もある。現に、週当たりの死亡者数は例年以下に減少しつつある。

ロックダウンしないことで経済問題により失われる命が救える

スウェーデンにおけるSARS-CoV-2感染のピークは4月であり、この時期に最も重症者が多かった。当初はカロリンスカ大学病院だけでもCOVID-19による入院患者は500人近くに上り、そのうちICU入室患者は150人に達した。7月時点では、患者数はピーク時の5%以下にまで減少している。6月中旬から、希望者すれば誰でもポリメラーゼ連鎖反応(PCR)検査が無償で受けられるようになったことで件数が激増し、それとともに一時は新規感染者数が増加したが、重症者や死亡者が増えることはなかった。現在では、新規感染者数も減少に転じており、スウェーデン全体として、感染の第一波は収束しつつあるように見える。

ロックダウンを行わない戦略によりSARS-CoV-2の感染者は増え続け、結果として集団免疫獲得への早道であるとも考えられていたが、予想に反して抗体獲得率の伸びは遅かった。しかし、SARS-CoV-2感染により得られる抗体による液性免疫だけでなく、T細胞を介した細胞性免疫が抗SARS-CoV-2効果に関係していることが示唆されるようになった。スポットの解析で得られたT細胞に関するデータを基に、ストックホルム市での集団免疫が約40%に達し、集団免疫をほぼ獲得したと推測されることが、7月16日に公衆衛生庁の記者会見で発表された。現在、スウェーデンは夏季休暇期間に入り、国民は国内を自由に移動するようになった。渡航は控えるべきとした勧告も、一部の欧州連合(EU)圏内の国に対しては解除された。以来、現在まで人の移動が増加してしばらく経っても、感染の再拡大は見られない。

SARS-CoV-2は、まだ解明されていないことが多いウイルスである。第一波が収束したかのように見えるスウェーデンだが、今後、第二波、第三波の到来に向けて準備が進められている。医療現場ではCOVID-19患者の病態や、重症患者の治療法に関する経験が蓄積された。専門家グループによる透明な情報提供と説明の下、通常の生活をある程度、維持できる状態が継続しているため、国民の混乱も少ない。第一波で多くの犠牲者が出たことで、医療や介護における問題点が明らかになったし、ロックダウンや学校を閉鎖するメリットがあまりないことも分かった。ロックダウンを行わないだけではパンデミックにおいて経済の停滞を免れるのは不可能で、経済に対するダメージを最小限に抑えるためにも、ロックダウンを実施せずに感染を制御することが、経済問題により失われる命を救うためにも重要であると考えられる。

宮川 絢子(みやかわ あやこ)

スウェーデン・カロリンスカ大学病院泌尿器外科勤務。
1989年、慶應義塾大学医学部卒。同大学耳鼻咽喉科、麻酔科、泌尿器科で研修後、1996年に泌尿器専門医資格を取得。1996〜2003年、琉球大学に勤務。この間、カロリンスカ研究所および英・ケンブリッジ大学でポスドク。2007年にスウェーデンに移住し、翌年、スウェーデンの医師免許、2009年にはスウェーデンの泌尿器科専門医資格を取得。2008年から現職。

引用元 : Medical Tribune 【後編】スウェーデン式新型コロナ対策の「真実」
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