コロナ病棟が自分の職場になった日
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コロナ病棟が自分の職場になった日

2020年4月上旬のある日、勤務先の大学病院の階段を上りながら、私は震え上がる体と心を必死に抑えていた。階段の先にあるのは、新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の患者を受け入れる専門病棟(以下、コロナ病棟)。外科部門で順調にキャリアを重ねてきた私の「新しい職場」となる場所だ。階段を一歩上がるたびに家族の顔が浮かぶ。

厳重に管理されたコロナ病棟のドアを初めて開けたあの日から、ちょうど半年が過ぎた今、英国では新型コロナの感染第2波が始まっている。心身ともにキツい医療現場だが、医療の原点とやりがいを思い出させてくれたのは、皮肉にも第1波の期間にコロナ病棟へ配置され、様々な人と「あの苦難」を乗り切ったことだ。そこで今回は、私が経験した英国のコロナ病棟での医療を振り返ってみる。

所属部署が閉鎖され、コロナ病棟に招集

2020年3月5日、英国でCOVID-19による初の死亡者が報告された。それから3週間で死亡者数は878人にまで膨れ上がり、手の付けようのない状態となっていた。3月17日にはジョンソン首相より全国の医療機関に通達が出て、不急部門の閉鎖と、閉鎖部署の医師や看護師をコロナ病棟と集中治療室(ICU)に配置するといった具体的なCOVID-19対策の指示が出された。私が所属していた外科部門は閉鎖となり、私も含めてスタッフ全員に“コロナ前線”への招集辞令が出された。

「Yuki, you are going to be deployed to ward A5. (由紀、あなたはA5病棟に派遣されます)」。コロナ病棟は既に複数あること、今後も増えることをこの時に初めて知った。同僚は皆、それぞれバラバラのコロナ病棟に配置されることもこの時に知らされた。

コロナ医療への従事に当たり、事前の研修は手厚いものがあった。3密を避けるために研修の多くはオンラインに切り替わったが、それでも個人防護具(PPE)の装着と脱着をどこでどう行うかなど、院内感染の防止策として汚染・非汚染の区域分けを徹底する研修は対面式で受けた。

研修の一環として受けた、Respirator mask(防塵[ぼうじん]マスク)の漏れ具合を検査する「フィット検査」は本当に辛かった。防塵マスクをするだけでも苦しいのに、頭に袋をかぶり密閉状態を作った上で味のするスプレーを袋の中に掛けられて、「首を振って、話をして、屈伸をして、左右に顔を振って」などと容赦なく指示が飛んでくる。このテストは経済的な理由で全てのNHS(国民保健サービス)病院で行われたわけではなく、勤務先の病院に感謝はしているが、正直言って二度と経験したくない。

また、急変時や心肺停止時の対応、ご遺体の処置の仕方からボディーバッグ(納体袋)に入れるところまで、COVID-19患者の場合は全てが違い、これは丸1日を使っての実技研修となった。驚くほどきめ細かい指導で、新卒の時よりもむしろ丁寧な研修を受けたと思う。

研修日程を終えて自分の外科部署に戻ると、備品やベッドは全て撤廃されていた。ICUを増設するため、部屋を空にするようにとの看護部からの指示だそうだ。「私が戻る場所はもはやない。コロナ病棟が自分の職場になるのだ」。この時に強く実感した。

看護学生、医学生も現場に動員

英国の新型コロナ感染爆発で、最大の課題といわれたのは医療従事者の不足だ。COVID-19の流行以前から、看護師約4万人、医師約9000人が足りないといわれていた。そこで編み出された策が、看護学生の動員。そして、夏に卒業予定の医学生を春に「繰り上げ卒業」させて現場に送り込んだ。

看護学生に関しては実習という名目で実際の実習時間にもカウントされたが、コロナ前線への招集期間はお給料が国から支払われた。英国の看護学生は、規定の実習時間をこなすことが卒業条件の1つ。実習を拒否する選択肢も与えられたが、実習時間不足のために卒業が遅れることを懸念し、ほとんどの学生は不本意ながら前線招集を承諾した。

眼科、歯科、セクシュアルヘルス……寄せ集めチームの出身部署はバラバラ

コロナ病棟での勤務初日、初顔合わせでいきなり度肝を抜かれた。

「整形外科研修医のエミリーです」

「エリースです。眼科病棟から異動してきた看護師です」

「アダムです。歯科医です」

不急部門から招集されたチームの出身部署が極端にバラバラなのだ。眼科、歯科、セクシュアルヘルス、遺伝子治療、外来(禁煙、骨折など)。各外科で主に待機手術に関わっている医師、看護師も多く配置されていた。チーム編成では、COVID-19の専門分野である内科の看護師、医師は半数以下。文字通りの「寄せ集めチーム」だった。

不急部門の出身者が医師も看護師も多く、急性期病棟から遠ざかって何年もたっている人も多かった。特にセクシュアルヘルス出身の看護師は、招集された全員の病棟経験が15年以上前。これには師長が苦笑いをしていた。

実際の勤務は、医師も看護師も内科がリードを取る。看護師の場合は師長、主任、リーダーまでは必ず急性期内科出身で、その下に招集メンバーが配置されて患者を受け持つ。現在、英国の急性期看護は1対8以下を国から推奨されているが、実際にはこの数字を上回る。日勤でも10人台の患者を受け持つことは珍しくない。しかし今回は、受け持ち患者数は絶対に8人以下。病欠を見越して多数のスタッフが招集されていたので、空前の「病棟スタッフ過剰」現象が起きていた。

最初の1週間は内科看護師とペアになって仕事をして、早い人は翌週から独立して動く。病棟経験のブランクが長い人は、独り立ちに1カ月ほどかかっていたと記憶する。

お互いを助け合い、支え合う

“Mr Brown, temperature 38.2, sats currently 89 on 28% oxygen, Reps 24.
And Mr Morgan,BP 91/62(ninety one over sixty two), urine output 60mL since this morning… ”
(ブラウンさんの熱が38.2℃。SpO2が89で28%の酸素吸入中。呼吸数が24。それからモーガンさんは血圧91/62、尿量が朝から計60mL……)

バイタルは基本的には看護助手が取って、数値が基準値外の場合は報告に来てくれる。朝は全てが正常値だった患者が、昼には上記のようになってしまう。複数の患者が一斉に容体悪化していくこともザラだった。

「I'm going to sort out Mr Brown, so can I leave Mr Morgan to you? (私がブラウンさんの対処をするので、モーガンさんの方をお願いしますね)」。セクシュアルヘルスの看護師、レベッカに応援を頼み、自分は最も容体の悪い患者に専念することにした。

「Do you want me to take blood culture? (血液培養を私が取ろうか?)」と、内科ナースのフィオナも助け舟を出してくれた。通常の急性期内科は慢性的な人手不足で、こんなサポートはめったには頼れない。

ドクターへの連絡も通常はストレスの大元だ。電話で呼び出すのだが、なかなかつかまらない。しかしコロナ病棟では、ドクターも上級医まで全て病棟常駐になる。医師への連絡はドアを開けるだけなのだ! ドアを開けたら、眼科医のアーサーがいた。

“Hi Arthur, I need to let you know about Mr Brown. His temperature is spiking, sats’s dropped, respiratory rate’s increased. Can you review him? ”
(ハイ、アーサー、ブラウンさんのことで連絡があります。発熱、SpO2が低下、呼吸数が上がっています。ブラウンさんを診てもらえますか?)

これほど医師への連絡が楽だった経験はない。ブラウンさんを診て一通りの指示を出したアーサーが言った。「I'm just waiting for senior review. (後は上級医の診察を待っているんだ)」。

招集メンバーの医師が内科研修医のポジションに入り、内科上級医がその監視に当たる。内科上級医が病棟に常駐することで、専門外の医師であっても安心して勤務に当たることができる、とアーサーをはじめとする招集医師たちは口をそろえる。

招集メンバーの仲間とは、すぐに仲良くなった。全員が、自分の意思とは無関係にコロナ医療前線に送られてきた。感染への恐怖と専門外の業務で、不安を抱えての勤務の中、お互いの立場が自分のこととして理解でき、助け合い支え合った。休憩時間に近辺のカフェから差し入れられた軽食を食べながら、皆で談笑する時間がいつも私の楽しみとなっていた。チームの良い雰囲気は患者ケアにもポジティブな影響を及ぼすのだと改めて実感した。

内科と招集メンバーで編成されたコロナ感染医療チームの一員として働いた私は、看護師に憧れ、夢を目指してがむしゃらに勉強をした頃の自分を思い出した。当時、無知な自分が描いていた医療への夢や憧れ。お互いを思いやり、助け合い、支え合うチーム医療。それを実現させてくれたのは皮肉にもコロナ病棟だった。

今後もコロナ医療に関わる医療従事者は多くいるだろう。マイナスイメージの先行しがちなコロナ医療ではあるが、日常的な医療とはまた別の物事が見えてくる機会なのかもしれない。

引用元 : 日経メディカル コロナ病棟が自分の職場になった日
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