ワクチン浸透のシナリオにインフルワクチン難民の出現は好機?
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ワクチン浸透のシナリオにインフルワクチン難民の出現は好機?

医療・災害・紛争を専門とするジャーナリストの村上和巳氏が、話題の医療ニュースを毎週1つピックアップ。医療者とは異なるアングルからニュースに切り込み、ミクロなようで重大な問題をあぶり出します。

新型コロナウイルス感染症(COVID-19)流行下でのインフルエンザ同時流行を懸念して今年のインフルエンザワクチンの接種は異例の事態となっている。厚生労働省が事前に「高齢者優先」を呼び掛けて10月1日からスタート。今シーズンは例年よりも多い成人量換算で約6,640万人分のワクチンが確保されたというが、高齢者以外への接種が本格的に始まった10月26日からわずか1週間ほど経た現在、すでにワクチン接種の予約受付を停止した医療機関も相次いでいるという。

実は、私はまさにインフルエンザワクチンスタート日の10月1日に接種している。これはたまたま馴染みの医療機関がかかりつけの高齢者には既に9月中旬~下旬に接種を開始し、さらに高齢者での接種者増加も十分に見込んだ発注を終えていたこともあり、高齢者の接種希望者が多くない平日の午後を中心に高齢者以外の接種予約も進めていたからである。

ちなみに面識のある複数の開業医に話を聞くと、一様に今年はインフルエンザワクチンの接種希望者が多く、しかも一見さんの割合が多いと口にする。ある知り合いの医師は、Facebookでの投稿で10月だけで3,000人に接種したと記述していたのだから驚く。

ワクチン接種の予約を停止した医療機関の多くは、12月までの入荷を見越しても、もはやこれ以上の接種予約を受け付けるのは不可能という判断らしい。そうした中でワクチン接種を求めてさまよう「ワクチン難民」も出始めているという。

私のような仕事をしていると、この手の状況や家族が重病になった時に「どこへ行けば?」的な相談が来ることが少なくない。実際、今回も「どこに行けば打てるんだろうか?」「子供が受験生なので何とかならないかな?」という相談がもはや10件以上来ている。たぶん医療従事者の皆さんは私以上にその手の相談攻勢にさらされていると思われる。

これらに対しては相談者の居住地域の開業医一覧が乗っている医師会のHPがあれば、それを教えて個別の医療機関に問い合わせするよう促し、各医療機関にワクチンが再入荷するであろう11月下旬前後まで落ち着いて待つように伝えるぐらいしかできない。

そして、今回そうした相談を寄せてくる人に見事に共通しているのが、これまでほとんどインフルエンザワクチンの接種歴がないこと。それゆえかかりつけ医もなく、情報も不足しているので「ワクチン難民」という状況である。これを自業自得と言ってしまうのは簡単だが、ちょっと見方を変えるとこれがワクチンへの一般人の理解を浸透させる新たなチャンスにも見えてくる。

改めて言うまでもないが、ワクチンとは基本的に健康な人に接種するものである。しかも、その効果は予防あるいは重症化リスクの低下であり、接種者は実感しにくい。この点は検査値や自覚症状の改善が実感できる薬とは根本的に受け止め方が異なる。根拠の曖昧な反ワクチン派がはびこってしまう根底には、このように侵襲が伴うにもかかわらず効果を自覚しにくい、そして時として副反応が報告されてしまうワクチン特有の構造的な問題が一因と考えられる。

そして、ワクチンの中でも比較的信頼度の低いものの代表格がインフルエンザワクチンである。これは一般人のワクチンに対する直感的な理解が「ワクチン=予防=打ったら完全にその感染症にかからない」であり、インフルエンザワクチンは麻疹、風疹のワクチンのようなほぼ完全に近い予防効果は期待できない。ところがこうした「誤解」が不信感の種になりやすいのである。実際、毎年インフルエンザシーズンになるとTwitterなどでは「インフルエンザワクチンは効かない」「ワクチン打ったのにかかったから、もう2度と打ちたくない」など、反ワクチン派に親和性の高い言説が飛び交う。

ここでは釈迦に説法だが、インフルエンザワクチン接種による予防効果、つまり一般人の理解に基づく「ほぼ完全に予防できる効果」に近い数字は、たとえば小児では2013年のNEJMにVarsha K. Jainらが報告した6割前後というデータがある。これに加え重症化のリスクを低減でき、18歳未満でのインフルエンザ関連死は65%減らせるし、18歳以上の成人での入院リスクを5割強減らす。私は今回個人的に相談をしてきた人にはこうした話を必ずしている。彼らに知ってもらいたいのは「ワクチンの中には完全な予防効果が期待できないものの、重症化のリスクを減らす種類のものがあり、その接種でも意味がある」ということだ。

とりわけ今のようなCOVID-19流行下では、医療機関は発熱患者が受診した際にその鑑別で頭を悩ませることになる。すでに日本感染症学会は「今冬のインフルエンザとCOVID-19に備えて」でインフルエンザとCOVID-19の鑑別について、患者の接触歴やその地域での両感染症の流行状況、さらにインフルエンザに特徴的な突然の発熱や関節痛、COVID-19に特徴的な味覚・嗅覚障害などの症状を加味して、どちらの検査を優先させるかを決定するよう提言している。しかし、それでも多くの医師は事前鑑別には苦労するだろう。その中で予めインフルエンザワクチンを接種していれば、鑑別の一助にはなるだろう。そうしたことも私は相談者に話している。

前述した「チャンス」とはまさにこのような、なんだかよく分からないけど今の雰囲気の中でインフルエンザワクチン接種を切望し、今後流れ次第で親ワクチン派、反ワクチン派のいずれにでも転びかねない人に少しでも理解を深めてもらうチャンスである。

正直、メディアの側にいるとワクチンの意義という非常に地味なニュースほど一般に浸透しにくいことを痛いほど自覚している。だからこそ繰り返し伝えること、そして身近な人に確実に伝えることを辛抱強くやるしか方法はないと常に考えている。そしてこれは多忙で患者とじっくり話す時間が取れないことが多い状況であることは承知のうえで、医療従事者の皆さんにも実践してほしいことである。

引用元 : Care Net ワクチン浸透のシナリオにインフルワクチン難民の出現は好機?
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