臨床現場から考えるPCR検査の正しい使い方
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臨床現場から考えるPCR検査の正しい使い方

前回のコラムでは、無症状者へのPCR検査がいかに無意味であるのかと、それを巨額の公費で賄うことの問題点について指摘した。

まずは簡単に前回のおさらいをしておく。仮に未捕捉の感染者が1万人この日本に暮らしているとして(つまり有病率0.008%)、無症状の市民を感度3割・特異度10割のPCR検査でスクリーニングすると仮定したとき、一人の陽性者を見つけ出すために必要な検査は4万件(1億2000万人÷3000人)と計算される。この検査に要する費用は全て公費で賄われており、単価1万3500円とすると(ほんとはこれに1500円の判断料もプラスされ、こちらも公費でカバーされる)5億4千万円(4万件×1万3500円)かかることになる。現状の潜在的感染者数は1万人よりもはるかに少ないだろうから、実際にはさらに効率の悪い検査が「無症状者へのPCR」というごっこ遊びの正体なのである。

前回のコラムの主題は、少し感染状況が落ち着いた今こそ、リソースの適切な配分という視点から対策を見直す必要性があるということであった。今回は、視点をもう少し現場に移しつつPCRという貴重な社会資源の配分についてさらに考えることにする。

今回のコラムでは、国単位の大きな話はひとまず横に置いて、我々現場の医療者がこのPCR検査をどのように使いこなすべきか考えてみたい。ちなみに筆者は、主として勤務している大学病院の他に、関西のとある小さな市でその市唯一の帰国者・接触者外来を開設している医療機関にも勤務している。筆者の勤務するその小さな病院では、発熱患者やすでに確定した感染者との濃厚接触者の診療を担当することが多い。あらかじめ他院で施行された画像検査(特に胸部CT)があるような症例はやってこない。筆者が診察する患者のほとんどは、初診で来るか、保健所からの依頼である。本稿では、この小さな病院での経験をベースに書き進めることにする。

抗原検査は使えるか?

まず、PCR検査の前に抗原検査について触れておきたい。

筆者自身は、現時点での水準程度にまで新規感染者数が少なくなった状況では、基本的に抗原検査の出番はほぼないと考えている。筆者の勤務する医療機関でも抗原検査を実施することは可能だが、筆者が抗原検査を行うのは、「すでに確定している患者との濃厚接触がある有症状患者」のような、かなり検査前確率が高い場合のみである。抗原検査が保険収載された5月13日には、筆者の勤務地を含むほとんど全ての地域で新規感染者は下火になっており、余程のことがなければ検査前確率は極めて低い状況となっていた。このような状況下で、抗原検査のような感度の悪い検査を(例え有症状者であっても)やみくもに実施しても、結局陰性を見るだけになってしまう。抗原検査をやっても、ほとんどすべてのケースで結局PCR検査をすることになるのでPCR検査を温存する意味もない。それでも、抗原検査は一度導入するとひたすら数をこなさなければならなくなる事情もある。

現時点で発売されている抗原検査キットは、筆者の知る限り100テスト単位で販売されている。使用期限は半年であり、5月時点でこれを導入した施設は遅くとも10月中には使い切らなければならない。価格は1テストあたり5500円ほどで、償還価格が6000円だから1テストごとに見れば損にはならないが在庫が期限切れとなるリスクがある。医療機関同士が共同購入するなどできればいいが、単独の施設でこれを導入するのはハードルが高い。それでも、今後海外で見られたような大規模流行が起これば、その時は抗原検査も役に立つだろう。実は、今やっていることはその時のための予行演習なのである。

PCR検査は症状のあるすべての人に!

次に、PCR検査をどのような患者に行うべきかであるが、基準はシンプルだ。接触歴又は症状の有無である。まずは症状であるが、発熱している患者、倦怠感のある患者、咽頭痛のある患者、咳をしている患者、下痢をしている患者、味覚・嗅覚障害のある患者、頭痛のある患者など書き出せばいろいろある。2月に中国からNEJMに発表された研究に主な症状が羅列されていたが、筆者なりにこれを要約すれば発熱、倦怠感、上気道症状、下気道症状、消化器症状となる。3月になって味覚・嗅覚障害が特徴的な症状の一つとしてクローズアップされたため、以降はこれについても必ず問診するようになった。保健所に検査をお願いするしかなかった時は、診察室でラミネートされた国の相談目安とにらめっこしたものだが、外注できるようになってからは、上記の症状が一つでもあればほぼ全ての症例(他疾患で説明できる場合を除いて)で、PCR検査の検体を採取し提出するようになった。上記に上げた症状はどれも非特異的なものばかりだが、症状が一つでもあるだけで人口全体からの絞り込みは相当程度に進むことになる。

接触からの日数が大事

一方、接触歴があって症状がない場合についても、基本的に全例検査している。濃厚接触かどうかはあまりギリギリ問わない。ただし、接触から診察時点までの日数はできるだけ詳しく聞く。最終接触から10日以上経っている場合は患者と相談して接触が軽ければ検査しないことが多い。2週間以上経っていれば迷わず検査しない。3月にAnnals of Internal Medicineに掲載された論文によると、潜伏期間の中央値は5.1日、97.5パーセンタイルは11.5日となっていることがこの診療スタイルにつながった(筆者は、この情報を知人のフェイスブックを通して知った)。

手術前や分娩前、単に電車に乗ったので心配になったなどの症例については症状がない限りコロナを疑う十分な根拠と言えずPCR検査の必要もないので絶対にしない。必要ないのに検査してそれを請求したら診療報酬詐欺である。

ここで、今一度きちんと考えなければならないのは、「無症状の感染者もいるではないか」という例の反論である。確かにダイヤモンド・プリンセス号の患者へのスクリーニング検査の結果、陽性者の半分が検体採取時に無症状であったことが分かっている。少し注意が必要なのは、この陽性者が最終的に無症状のままであったかどうかは別論であるという点だ。新型コロナウイルス感染症は、潜伏期間が5日もあるため、ある時点で無症状でも、数日してから症状発現することが少なくない。ダイヤモンド・プリンセス号に関して数理モデルを適応した研究によると18%が真の無症状患者になるらしい。

無症候感染者がこれだけいると聞かされれば、この手の問題に不慣れな非医療者が思わず「無症状の人にもPCR検査すべき」と考えるのも無理はない。感度・特異度ばかりではなく検査前確率をも踏まえて検査結果を読み解くというのは、確かに少し訓練しないとすぐにはできない。これに関連して、無症状の患者がいつの間にか院内に入り込んで、院内で感染を広げてしまうのではないかという懸念がある。この懸念は、極めてまっとうな懸念である。

しかし、前回のコラムで説明した通り、無症状者にPCR検査を行うのは感染対策の観点からも間違いである。要点のみ繰り返すと、無症候感染者へのPCRの感度はたかだか3割なので、検査で陰性が出ても「感染者でないこと」を保証しないのだ。むしろ、無症候感染者の7割が「検査陰性」と判定されることで、「非感染者」として扱われ、その結果院内感染を引き起こす危険すらある。特に市中での感染がまん延している時期には、例え検査陰性でも「全ての患者が感染者かもしれない」という前提に立たざるを得ない。流行極期のニューヨークやロンバルディアでは、PCR検査が陰性だからといって、エアロゾルが発生する処置を通常のサージカルマスクで行うことはあり得ずN95マスクが正解である。逆に、現在の日本のほとんどの地域のように、有病率が極めて低い状況(例えば0.008%)では、元々低い検査前確率が、検査陰性を確認することでほんのわずか(前回コラムの計算では0.002%程度)下がるだけだ。0.002%を重く見て、「PCR検査陰性ならサージカルマスクでよい」とするようなルールがもしあったとしたらかなり滑稽である。つまり検査前確率が高い状況であっても低い状況であっても、例えばサージカルマスクかN95かというような具体的な感染対策の判断にとって、PCRの結果はまったく役に立たないのだ。

このように、術前のPCR検査の理由として感染対策を上げるのは全く根拠がない。これに対して、「理屈はそうかもしれないが、感染対策というよりも安心のために必要」という説明も聞いたことがある。これほど現場で働く医療者を見下した意見があるだろうか。「難しいこと言ってもどうせ理解されないから、とりあえず“陰性”というお札を張り付けてあげればいいんだよ」とでも言わんばかりの言い分である。見せかけの安心は、理性的に考える人にとっては逆に不安を掻き立てるものでしかない。検査前確率ときちんと向き合い、合理的な根拠を示してその時々の感染対策を組み立てなければ、現場の医療者が安心して働くことはいつまでたってもできない。

以上のようなことは多くの感染症や公衆衛生界隈の人間には何の疑問もないことで、今更説明するのも煩わしいとさえ感じる。しかし、このような科学リテラシーを自明視しすぎることの問題点もあるのかもしれないと最近思うようになった。医師国家試験に毎年出る問題だからといっても、非医師の自称専門家が医師国家試験を受けている訳ではないし、テレビの向こう側にいる一般視聴者が検査前確率・検査後確率問題をすんなり理解することも簡単ではないだろう。「科学リテラシーがないのが悪い」と突き放すのではなく、そのような大衆に根気強く語り掛けながら正しい解釈を公共的な知にしていく努力こそ必要である。

市中の病院がPCR検査を出しても儲けはない

病院の経営的側面からはもう少し考えるべきことがある。まず、外注に頼るほとんどの一般市中病院にとって、PCR検査はいくらやっても儲からない。それどころか、下手にPCR検査を出すと、その検体はコロナ疑いとなるため、他の項目の検査検体(例えば血液検査でフェリチンを同時に見たいとか)もバイオセーフティーレベルの高いラボまで郵送することが求められる。新型コロナウイルス感染症は感染症法上の指定感染症であるため、郵送の際のバイオセーフティーのカテゴリーが厳重になる。その分の費用は当然医療機関が持つことになる。

PCR検査の診療報酬は外注の場合1万8000円だが、これとほぼ同額の検査代が請求されるため相殺されてしまい、医療機関の手元にはほとんど残らない。上記のような追加的郵送料が発生すれば、検査全体の収益は直ちに赤字になる。

一方、インハウスで検査できる大学病院や国立病院等の大規模病院は、新たな設備投資を自力でするのでもない限りこのような経済的なリスクを全く負わずに、PCRの検査ができる。リスクがないばかりか、試薬・資材・人件費を元手に、診療報酬である1万3500円が、検査すればするだけ入ることになる。

これはさすがにフェアではないと思ったのか、5月18日(疑義解釈が出された5月15日の翌営業日)に「今後のPCR検査の需要拡大に対応するための検査体制の確保について」と題した事務連絡が厚労省及び文科省から出された。これによると、「誰もがこの新型コロナウイルスを保有している可能性があることを考慮し、必要なPCR 検査を実施していくためには、今後の PCR 検査の需要拡大に対応できる検査体制を確保することが必要」として、「検査実施可能な医療機関が他の医療機関(帰国者・接触者外来や地域外来・検査センターを含む)からの検査依頼に応じるよう」自治体が要請することとしている。つまり、大規模医療機関にあるインハウスの検査機能を他の医療機関も活用できるようにするということだ。しかも、この検査実施可能な医療機関には、補正予算である新型コロナウイルス感染症緊急包括支援交付金を活用して、人材や機材の確保が進められることとなっており、巨額の資金がインハウス検査を実施している医療機関に投入されようとしている。

このような資金の主たる受け口となる大学病院や国立病院が、実際に周辺の医療機関からの検体をどれぐらいの数どれぐらいの値付けで受け付けていくことになるのか、今後注意深く見ていく必要がある。筆者の知るところでは、現時点で、インハウス検査を行っている医療機関が他の医療機関からの検査を請け負う際に、外注検査時の診療報酬である1万8000円を超える1万9000円の価格設定をしているところもある(筆者の勤務先ではない)。これは恐らく、周辺の医療機関からの検体を極力減らして、自施設でのスクリーニング検査の枠を維持するためと考えられる。補正予算という公的資金で検査体制の整備に対する支援を受ける以上、公的な機能を担うのは当然である。その社会的責任の果たされ方については、社会全体で注視していく必要がある。常識的に考えれば、公的資金を受けた医療機関は、他の医療機関からの依頼を全て受ける義務があるし、その価格もインハウス検査と同等の1万3500円と同水準のものでなければならない。

実はここに無症状者へのPCR検査の保険収載という制度のジレンマがある。仮にフェアネスを追求すれば、インハウス検査が実施可能な大学病院や国立病院が、周辺病院からの検査を大量に受け入れなければならなくなる。しかし、そうすれば極めて非効率的な検査を本気で推し進めることになり、PCRと言う公的資源のみならず、保険料・税金という国民の財産をも無駄遣いしていくことになるのだ。これは無駄遣いの平等性とでも言うべき問題である。現行の疫学状況を考えれば、1人の陽性者を無症状の市民から見つけ出すためには、5億円以上の公費がかかることを忘れてはならない。これほど非効率な制度があるだろうか?

解決策は簡単である。無症状者へのPCR検査を直ちにやめればいいのだ。それができないなら、せめて診療報酬をかなり極端に引き下げる必要がある。そうすることで、少なくとも医療費の無駄遣いは、多少は軽減されるだろう。

引用元 : 日経メディカル 臨床現場から考えるPCR検査の正しい使い方
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